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ドナドナ①

4月2日 雨 今日は、鎧鏡《がいけい》家の若殿様の誕生日……だそうです。 一睡もせずに、今日の無事帰還を決意した朝。 ふと窓の外を見ると、しとしと降る、春の雨。 はぁ……オレも泣きたいよ。 「あっくぅん!!起きてるの?!あなた、夕べお風呂入ってないんじゃないの?おシモ洗いなさいよぉ!おぉしぃもぉ!」 母様って、確かに美人かもしれないですけどね?どこかおかしいですよ?父上。母様のどこがよくて、結婚したんですか? ……結婚。 男と? ありえないからっ!! 何万石もらえるか知らないけど!オレは、絶対に選ばれませんからね!   ものすごく張り切っている母様に、無理矢理お風呂に入れられた。 お風呂を出ると、どこから呼んだのかわからないけれど、ヘアメイクさんが待っていて、生まれてはじめて、化粧というものをされた。 隣で、母様もヘアメイクされている。 あ。一緒に行くんだ、って、ちょっと安心したりした。 いくらおかしいとはいえ、やっぱり、母親だし。 おばあさまが送ってくれたという、うちの家紋付きの袴を着せられて、リビングに座っていると、インターホンが鳴った。 「柴牧家《しばまきや》殿。お館様の命により、お迎えにあがりました」 「大義。準備は出来ておる」 「では、曲輪《くるわ》まで、ご案内申し上げます」 「うむ」 父上が、ホントの侍みたいに見えるんだけど……。 何だか、オレの中で、急に夕べの話が、現実味を帯びてきた。 父上と母様に抱えられるように、迎えのリムジンに乗り込んだ。 そこは、カゴとかじゃなくてリムジンなんだ?とか、内心突っ込んでみたんだけど。 全然、笑えないし。 鎧鏡家は、どこからどこまでが敷地なのか、わからないくらい大きいうちだった。 門番さんがいる、ドデカイ門をくぐってから、車で5分は走ってる。 えっと……ここ、首都圏、だよね? あの門をくぐってから、車道の隣は、鬱蒼と木の生い茂る森で、片方は、ずっと大きな川が流れていた。 車道を外れて、あの森の中に入ったら……出ては、来られなさそう。 かと言って、こっち側の川も、川っていうか、お堀ってやつ、だよね。 お堀って、すごく、深いん、だよね? オレ、泳ぐの、得意じゃない。 この道しか……ないんだ。 外と、鎧鏡のうちを繋いでいるのは、この道しか……。 そう気付いて、オレはゾクリとした。 「あ、これは、柴牧家殿。ご足労様でございます。どうぞ、こちらへ」 「うむ」 他にも、何人も親子連れが入ってくる。 オレたちは、みんなとは違う部屋に通された。 「どうぞ、今しばらく、お待ちください」 「ああ」 案内の人が通してくれた部屋は、ホテルのスイートルームのようだ。 「父上。どうしてうちは、みんなとは違う部屋に通されるんですか?」 「うちって案外、位の高い家臣なんですってぇ」 「は?」 「お前も、それなりの振る舞いをしないといけないよ?格下の者に威厳を持って接しないとね」 「え?」 「聞いたところによると、今回、展示会に参加する中じゃ、うちが一番位が高い。それだけでも、候補に残れる可能性があるかもね」 「まぁ!パパったらぁ!うちのあっくんなら、位なんて関係なく、選ばれちゃうわよぉ」 「それもそうか」 「……」 きゃっきゃしてる二人を尻目に、部屋を出た。   ……ヤバイ。 ヤバイって! うちが位の高い家臣? それだけで、候補として残りやすい? 「ううううう……」 考えろ! 考えるんだ!オレ! この絶望的な危機を、どうにかして乗り切るんだ! その時見えた、廊下の窓に当たる、雨粒……。 「あ!」 オレはふとひらめいて、人波をかき分け、扉を探した。 どうにか、外に出られたら……。 無駄に長い廊下を、怪しまれないように進んで角を曲がると、その先にある、どっしりとした扉が、目に飛び込んできた。 あれが、自由への扉だ!! オレは、急いでドアノブに手をかけて、思い切りよく、扉を開いた。

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