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入郭①
お茶室の"にじり口"のように、小さなドアから、中に入るよう、促された。
一緒に来た父上は、オレの背中を一回軽く叩くと、もっと先にある、観音開きの大きなドアから、中に入って行った。
「どうぞ。こちらにお座りください」
中に入ると、すでに何十人という、白いベールをかぶった人たちが、正座をしていた。
オレは、にじり口の近くの、一番端に座らされた。
濡れた着物が、体の体温を奪っていく。
体が、ブルブル震えていた。
寒いからなのか、怖いのか。
こんな格好で、若殿様の前に出ちゃっていいの?
そう思うと……。
自分で望んで、汚れて来たって言うのに、今更ながら、心配になってきた。
オレがこんななせいで、父上が、手打ちになったらどうしよう。
座敷の奥のふすまが開いて、白いベールが、一斉に頭を下げた。
オレも一拍遅れて、畳におでこをこすりつけるほど、頭を下げた。
「これより、若殿様が品評なさる」
品評?
こっそり目だけで、何をしているのか窺おうと思っても、あまりの遠さに、よく見えない。
目の前の畳が、オレの髪から滴る水滴で、色を変えていった。
うわぁ……これ、いいのかなぁ?
父上がお手打ちされたら……なんて心配してたけど、その前にオレが、お手打ち確定なんじゃ……。
すっ、すっ、と、畳を歩く音が、聞こえてくる。
うわぁ!怖いよぉ!
どうしよう……父上!母様!
音だけ聞いていると、何人かで、畳を歩いているみたいだ。
どんどん、こちらに近付いてくる。
とうとう、隣の番になって、目の端に、白い足袋が見えた。
だけど、オレはもう怖くて。チラリと窺うなんてことすら、出来ない。
「いかがですか?若様」
「……」
「次が、最後の方ですよ?」
「わかっておる」
そんな会話が聞こえて来た。
「柴牧家《しばまきや》様の、ご子息様ですね?どうぞ、面をお上げください」
「あ」
白いベールを、めくられた。
その瞬間、吹き出す音が聞こえた。視線を上げると、目の前で、さっき東屋で会った"番傘の人"が、笑っていた。
「え?ぅえっ?!」
「若様、失礼ですよ」
番傘の人の隣で、カッコいい男の人が、顔をしかめながら、小さな声で囁いた。
いや、十分聞こえてますけど。
でも……。
番傘の人もカッコイイけど、この黒い着物を着た人も、すごくカッコイイ。
いや、っていうか。
それどころじゃなくて。
この"番傘の人"が……若殿、様?
「駒。湯浴みさせろ」
「かしこまりました」
番傘の人の隣に立っている"こま"と呼ばれた黒い着物の人が、オレに手を差し出した。
「柴牧、青葉様、ですね?どうぞ、お立ちください」
「え?」
出された手に手を乗せると、軽く引かれた。
だけど。
だけど!
順番が最後で、めちゃくちゃ待たされたオレは、これでもかってくらい、足がしびれているんですぅ!
立ち上がろうとしたその瞬間、バランスを崩して……。
オレは、"番傘の人"の胸に、飛び込んでいた。
「……」
「はっ!」
目の前のこの人が、本当に『若殿様』なら……。
オレはもう、お手打ち決定だ。
飛び込んだ拍子に踏んでしまった"若殿様"の足が、オレのドロドロの足袋のせいで、みるみるうちに、茶色く染まっていくのを見ながら、そう確信した。
父上、母様……。
先立つ不幸を、お許しください。
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