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入郭③
「青葉様」
広い風呂で、ついつい泳ぎの練習なんかをしてたら、ドアの向こうから、声を掛けられた。多分、こま様だ。
のんびり入り過ぎた?
だって!
本当にオレが、候補様に選ばれたんだとしたら!あのお堀を、泳いで逃げる日がくるかもしれない……とか思ったら、いてもたってもいられなくって!
泳ぎの練習をしたくなったオレを、一体誰が止められるっていうの?
いや、止めないで!
「あ、はい!」
思わず、湯船の中で"気をつけ"をしてしまった。
だって、こま様、怒ると怖そうなんだもん。
「着替えをお持ち致しました。出られましたら、着替えをなさり、外にいる者に一声掛けて、こちらの脱衣場にて、お待ちください」
「あ、はい。わかりました。ありがとうございます。急いで出ます」
「いえ。ごゆっくりでいいのですよ?よくあたたまらせるようにと、若様より申しつかっておりますので」
「あ」
"若様"……。あの、番傘の……。マネキンみたいに顔の整った、あいつ。
あんな、ものすごくカッコイイのに、一人でお風呂にも入れないんだよね?
姿も人間離れしてたけど、生活も人間離れしてるよ!
よくそんなんで、生きていけるな。
現代日本で、未だにこんな生活してる人がいるなんて、びっくり!
「よろしいですか?」
「あ!あ、はい!わかりました!」
「では、後程参ります」
「はいっ!」
こま様が去って行ったのがわかったと同時に、緊張感が緩んで、また湯船に浸かった。
「はぁ……」
これから……どうなるんだろう?
オレ……ホントに"候補様"に、なっちゃったの?
あの、マネキンみたいなヤツと、結婚?!
いや!まてまて!
自分のことばっかり考えて、ぐるぐるしてたけど、あいつは、それでいいわけ?!
だって、オレのこと、何にも知らないじゃん!
それなのに、結婚するとか、決めちゃっていいの?
ん?
いや!"候補"って言ってる!
候補、なんだよね?あくまで候補、なんだよね?
じゃあ、結婚するって、決まったワケじゃ、ないよね?
ねぇ!どうなの?!
そうだ!
この先、オレを選んだことを、あいつが後悔するようなことになれば、オレ、解放されるんじゃないの?
いや!
あいつの気に障るようなことをしたら、オレ、お手打ちになるんじゃないの?!
なんとか……なんとか、あいつの気に触らない方法で、嫌われたらいいんじゃ……。
どうやって?
お手打ちされずに、嫌われる、っていうか……。
そうだ!こいつじゃあ、奥方にはなれないなって、思ってもらえばいいんじゃないの?!
こんなどデカイ鎧鏡の奥方様、でしょう?
どう考えたって、普通にオレにつとまるわけないじゃんか!
「はぁ……」
ホント、オレの何がよくて、決めちゃったの?あいつ?
「……よしっ!」
こうなったら、オレじゃあ、お前の奥方なんて絶対無理!だってことを、猛烈にアピールしていくまでだ!
そう決心して、お風呂を出た。
今のオレ、相当、男らしいと思う!
自分のダメさっぷりを、いかにアピールするか考えてるあたり、どうかと思うけど。
いや!オレは、柴牧の男子たるもの、大事な人を守れる人間になれ!って育てられてきたんだから!
嫁になんか、なるもんか!
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