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入郭④
風呂を出て、そこに置いてあった服を着た。
普通のシャツとチノパンだ。
よく、サイズがわかったなぁ。
「あの」
着替えが終わったので、ドアを開けて、外にいる人に声を掛けた。
「あ!いけません。ドアは、閉めたままにしておいてくださいませ」
「え?あ、はい」
急いでドアを閉めた。
え?閉めたまま?どうして?
「お済みになられたのですね?」
外から声を掛けられた。
「はい」
「しばらくお待ちくださいませ」
「あ、はい」
脱衣所で待つこと、5分くらい?
「青葉様、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
こま様が、ドアを開けた。
「ほう」
「え?」
「あ、いえ。改めまして。私は"駒'と申します。若様の側仕えをしております。以後、お見知りおきくださいませ。まず、一つ申し上げておきます」
こま様は、キリッとした顔をして、オレを一瞥した。
うっ!
やっぱり、こま様って、怒るとめちゃくちゃ怖そう!
「は、はい!」
「奥方候補となられたからには、下々の者に、たやすく普段の姿を見せてはなりません。よろしいですね?」
「……は?」
しもじものもの?
早口言葉ですか?
とか言ったら、怒られそう。
だけど、下々の者って、誰のことですか?
オレは、偉くなんかない。
あいつだって……そんなに偉いのかよ?お風呂にも一人で入れないくせに!
下々の者、だなんて。そこは全然、噛み砕けない。
さっき、父上も言ってたけど。格下の者には威厳を持って……とか。
だから、オレ、そういう教育、受けてないんだってば。
自分がどこに格付けされてるのか知らないけど、偉そうになんか、振る舞えない。
「候補様は、若様のものでございます。下々の者に、気安くお姿を見せたり、お声をかけたりなさいませぬよう。それでは、青葉様のこれからの予定を簡単に説明させていただきます」
「うえっ?!」
ちょっと待ったあっ!
今、なんて?
候補様は、若様のもの?!
いや、っつか待って!
オレ、何だか、その気になりかけちゃってたけど!何にも聞かされてないよね?
"候補様"にするなんて、一言だって、言われてないはず!
そうだよ!
だけど……。
だけど、やっぱり……やっぱり、オレが、その……。
「はい?」
「あの!候補様って……」
オレ、ホントのホントに、"候補様"になっ、ちゃった、ってこと、なんですか?
あんなに、目の周り真っ黒の、ドロドロだったオレが?
「ああ!はい。そうでしたね。それをお伝えし忘れておりました。青葉様に関しましては、若様が、あまりに変則的にお決めになられたものですから……。失礼いたしました。本日、若様におかれましては、青葉様に、奥方様候補の誉をお与えになられました。誠におめでとうございます」
こま様が、ニッコニコしながら、その場で深々と頭を下げた。
笑い事じゃ、ないんですけど……。
伝え忘れてたって、簡単に言いましたけど、こま様!
それ、こっちにしてみたら、人生の中で、一番の重大発表で間違いなしな事柄なんですけど!
っていうか。
どうせなら、全てキレイさっぱり、忘れてくれちゃって、良かったのに……。
ああ、これはもう……。
これはもう、もしかしたら違うのかも……なんて、思えないくらい、決定的事実……。
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