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入郭⑥
オレが感動しているすぐ横で、駒様が父上に紙切れを渡した。
「柴牧家殿。こちら、若様よりの支度金、百石でございます」
「はっ。ありがたく頂戴いたします」
「へ?」
ひゃっこく?
ひゃっこくって、なに?
「え?百石?!きゃあっ!パパ!百石!」
「こら、ママ。駒様もいらっしゃるっていうのに」
「……」
オレを抱きしめていた母様が、百石と聞いた途端に、父上のもとへ飛んで行った。
父上が持っている紙切れを見て、興奮している。
感動で、溢れそうになってた涙が引っ込んだ。
間違いなくひゃっこくっていうのは、百石ってことで。
あの紙切れは、ドラマなんかでありがちな、小切手ってヤツですか?
「あの」
「はい」
「百石って、今の日本では、どのくらいの金額、なんですか?」
駒様にこっそり聞いてみた。
まさかあの小切手に、『百石』とか書いてあるわけないよね?
え?まさか。
小切手が、『石』単位で書いてもいいなら、なんでもありだよ!もう、何でもありだよ!いやあ!
「一般的にはわかりかねますが、現在の鎧鏡家の場合ですと、一石が60万円でございます」
「……ろ?」
一石、60万円。百石ってことは、それ掛ける、百……。
「ろっ?!」
ビックリしたオレに、駒様がにっこり笑いかけた。
ろ、く、せんまんえん……?
奥方候補になっただけで、ろくせんまんえん?
「あ、あ、あの!あのお金は一体、なんのために?」
「奥方様候補として、雨花様をお預かりするための、若様よりの宛てがい扶持でございます。正式に奥方様になられた暁には、さらに何石か、若様より振舞われることと存じます」
「……あて?」
あてがいぶちって何だかわかんないけど。
とにかくオレは、金と引き換えに、鎧鏡家に行くって……ことだ。
候補になっただけで、六千万円。
そりゃあ、母様じゃなくたって、候補に残れとか、言いたくもなるよね。
奥方になったら、更に何石か振舞われる?
オレは……あいつに、金で買われるって、こと?
男同士の結婚とか言ってる時点で、何もかもがおかしいんだけど。
でも……。
「……」
もう、帰っては来られないんだ。このうちに。
父上が、あの小切手らしき紙を受け取ってしまったからには、オレは、金と引き換えに、鎧鏡家に行くしかないんですね?
あの展示会……展示即売会だったって、ことですか?
ああオレ、うまいこと言うなぁ。
こう言っちゃなんですが。
オレは今日、両親に売られたってこと、ですね?
六千万円で。
っていうか!
自分で言うのもなんだけど!六千万じゃ、安過ぎやしませんか?
いや、候補じゃなくて、奥方になったらもっともらえるんだった。
候補になっただけで、六千万。
手付金みたいなもんですか?
手付金だとしたら、あんまりにも、高値過ぎるんじゃ……。
え?そんな……。
オレが六千万なんて安い!とか思ったけど、その六千万円分の働きを求められても、オレ……。
どうしよう……。
行き場のない思いに、泣きたい気持ちになってきた。
そんなオレを思いやってか、駒様が、オレの肩を優しく叩いた。
「大丈夫ですよ。宿下りは、そのうちさせてもらえますから」
「……」
いや、両親に会えなくなるのは、寂しいですけど、今は問題なのはそっちじゃなくて!
「駒様」
「はい?」
「オレ、一体、何をさせられるんですか?」
「え?」
「六千万円分、何をしたら、いいんですか?」
あんなことや、こんなことを要求されても……。
怖いよぉ!
駒様が、顔を逸らして、笑いをこらえているのがわかった。
え?どこが面白い話なの?こっちは、悲壮感漂わせてるっていうのに!
「怖がらずとも、大丈夫ですよ。そこは、戻ってからゆっくり、説明させていただきます」
駒様が、優しく微笑んだ。
うわ。かっこいい。
って、それどころじゃないってば!
父上と母様との別れの挨拶もそこそこに、オレは、バッグ一つ持って、実家を出ることになった。
「そのうち、またきっと会えるから」
「若様のために、精進するように。幸せになるんだよ、青葉」
母様と父上が、そう言いながら、ずっと手を振っていた。
父上、母様。今まで、ありがとうございました。
本当にもう戻れないなら、もっとちゃんと……お礼を言えば、良かった。
って、オレ……。
完全に"お嫁に行きますモード"になってたあ!いやあ!
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