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入郭⑧
オレの驚きなんて、駒様にはもうどうでもいいみたい。だってオレ、なにもかもが驚くことばっかりだったし。びっくりしっぱなしだったけど!
オレの驚きは完全無視で、駒様は、淡々と説明を続けている。
だけど、こっちはそれどころじゃないですって!
これは、今日一番の……いや!今日二、三番目の大きな驚きですよ!
だって、候補が5人だよ?
しかも、その中の一人は、この目の前にいる、駒様!
なに?このウハウハした感じ!
もう、駒様の説明は、ちっとも頭に入ってこない。
「とにかく、まずは、無事編入試験を通っていただかねばなりませんね」
「……うえっ?!編入?!」
『編入』という言葉が、急に耳に入ってきた。
「はい。雨花様……先程から、何度も申し上げておりますが、若様も通っていらっしゃる"神猛(かみたけ)学院"に、編入していただきます」
「ええっ?!」
かみたけ?!
……聞いたことある!ものすごい、お金持ち私立学校だよね?
もれなく、男子校の。
うう。
「神猛は、2学年より成績順のクラス編成になるため、なんとしてでも、編入試験で良い成績をお納めくださいますように」
「そんな……」
「雨花様?」
神猛に編入だなんて……。
今まで通ってた学校、世間じゃ頭もいいし、イケてる高校だって言われてて、すごく頑張って入学したのに……うう。
「今まで通ってた学校、すごく、好きだったんです」
だから、編入したくない!とか、言えないけど……。
この気持ち、汲み取ってはいただけないでしょうか?駒様!
「そうですか。でも、神猛も、とても良い学校でございますよ?きっと雨花様も、お気に召されることかと存じます」
「……」
どうして駒様に、オレが気に入るかもしれないとか、わかるんですか。
って、そんな憎まれ口を叩いてみても、やっぱり、そこはもう決定事項、なんですよね。うう。
実家にいる時もそうだったけど、オレはいつでも、最後の決定権がない人生なのかもしれない。
ああ、今こうなってみたら、家訓とか気にせず、女の子と付き合っておくべきだった。
『成人するまでは、男女交際するべからず』とかいう家訓を、頑なに守り続けてきたオレのバカ!
もしかしたらあの家訓、オレが奥方候補になる可能性があるから……だったんじゃ……。
だとしたら余計、女の子と付き合っておくべきだった!!うおおおおおお!
家訓を守らないといけないから、成人するまで若殿とは交際出来ません!って言ってやろうか?
あ!うちの家訓『男女交際禁止』じゃん!
男男交際は、いいんですか?!ちちうえぇ!うおおおおおお!
「では。明日から、編入試験のための勉強に入っていただきますよ?試験で良い成績を納め、若様と同じ2年A組に入っていただかねば」
「は?!」
ちょちょちょ……ちょっと待って!今なんて?
若様と同じ2年A組?
え?
あいつ、同い年?オレと同い年?
今日、17歳になったの?
あの、マネキンみたいに、ほっとんど表情の動かない威圧感バリバリのあいつが、同い年?!
嘘でしょお?!
オレが住む"梓の丸"に車が到着した時には、もう夜の11時になっていた。
「こちらが、本日より雨花様のお住まいになるお屋敷です。どうぞ、お入りくださいませ」
オレの世話をしてくれるっていう"側仕え(そばづかえ)"さんたちを、駒様が紹介してくれて、その中でも一番偉いらしい"いちい"さんという人が、屋敷の中を案内してくれた。
純和風の外観とは、全く正反対の、めちゃくちゃ洋風な内装だ。
色々連れ回された後、最後に寝室に案内された。
「……」
無駄な大きさの、このベッドは、一体、何?
い、いやいや!深く考えたら、ダメだ!
「明日から、お忙しくなります。どうぞ、本日は、ごゆっくりお休みくださいませ」
そう言って、部屋を出て行こうとした駒様を呼び止めた。どうしても、聞いておきたいことがある。
「あの、駒様?」
「はい」
「あの、候補が、全員、奥方には、ならないですよね?」
はい!ここ、大切!
「はい。もちろん、奥方様になられる方は、お一人だけでございます。若様が20歳の誕生日に、正式に決定されることになっております」
いよおおっし!
思った通りの展開だ!
「奥方に、ならずに……いえ!なれなかった人は、どうなるんですか?」
はい!ここも大切!
「側室にならなければ、お宿下り……ご自宅にお帰りいただくことになりますね」
「う……」
「どうなさいましたか?」
うおおおおおっ!!
オレは、心の中で、ガッツポーズした後、天を仰いだ!
オレには、まだ希望が残ってる!
候補が五人!しかも、一人は、この目の前にいる、めちゃくちゃカッコイイ駒様!
あいつと駒様が二人で並んでるところって、すごく絵になってたし!
うん。なってたよ!なってた!
だから、奥方は、駒様で決めたらいいじゃん?駒様がいいんじゃないの?
絶対駒様にすべきだって!
オレは、あくまで『候補』なだけで、奥方にならなきゃ、うちに帰れる!
選ばれなければ、大手を振って、うちに帰れるんだ!
駒様がいるなら、他がどんな人たちかわかんないけど、ジタバタしなくたって、オレが選ばれることはないでしょ?
ない。ない。
目の前にいる、黒い着物の駒様は、穏やかそうで、優しそうで、それでいて、キリッとした、めちゃくちゃカッコイイ男の人だ。
今、駒様のことを、『鎧鏡家の奥方様ですよ?』って紹介されても、納得しちゃう雰囲気がすでに出来上がってる。
うおおお!駒様ぁ!駒様がいてくれて良かったぁ!
駒様って、すごく、年上みたいに見えるけど、候補ってことは、そこまで年上でも、ない、のかな?
マネキンみたいなあいつだって、同い年だっていうしね?ホント、びっくり!
「どうなさいましたか?」
「駒様は、おいくつなんですか?」
「年、ですか?」
「はい」
「今年、27になります」
オレより、10歳年上だ。
まぁ、イメージ通りかも。
10歳違いでも、奥方候補にはなれるんだなぁ。
「雨花様は、物怖じしない、素直な方ですね。私だから良いですが。人に年齢を聞くのは、失礼というものですよ?」
「あ、ごめんなさい」
注意されたのに、何だか、全然怖くないや。
むしろ、何ていうか……恥ずかしい、気持ちになった。
だって。
駒様の顔が、すごく優しく見えたから。
「さぁ、どうぞ。もうお休みください」
「あ、はい」
駒様とみんなが出て行ってから、すぐにどでかいベッドの、ふっかふかの布団にくるまった。
「はぁ……」
あんまりにも、長かった一日が、終わろうとしてる。
奥方候補になって、もう人生終わった!とか思ってたけど。
あいつが20歳の誕生日……その日、オレは晴れて自由の身になれるんだ!
ああ、今から3年後の自由が、待ち遠しいよぉ。
オレは、ものすごく幸せな気持ちで、すぐに眠りについていた。
人様のおうちで、こんなにぐっすり眠れたの、初めて……かも。
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