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若様といっしょ②

その後、夜10時近くになって、また駒様が、今度は珍しく急いだ感じで、オレの部屋に入って来た。 「雨花様!若様のお渡りがございます!」 「え?」 "おわたり"って……なに? 「皆、支度を整えよ!」 「え?!」 "いちい"さんが、テキパキとみんなに指示を出していく。 「おめでとうございます!雨花様!」 「おめでとうございます!」 周りにいた、オレの側仕えの皆さんは、めちゃくちゃ喜んでくれちゃってるけど……。 だから、おわたりってなんなんですか?!駒様ぁ! あのマネキンが、これから、オレの部屋にやってくるってことまでは、オレにも理解出来た。 でも、駒様もいちいさんも、忙しそうにバタバタしてて、あいつがここに、何をしに来るのかまで、教えてくれない。 オレのテンションは、これでもかってくらいミニマムだ。 おわたり……。 お渡り……? 大奥?大奥の世界だよぉ! っていうか、まさか……ホントに? さっきの"夜伽教育"が、脳裏をかすめた。 え?待って。いつから、あんなこと、になるとか、そういえば聞いてなかった。 え?候補でも、あんなこと、するの? いやいや!あくまで候補だもん!そんな、あんなこと、まだ、でしょ? 奥方になったら……じゃ、ないの? オレの頭の中には、『春画』のいやらしいいいい絵が浮かんでいた。 わざわざ、今日急いで夜伽教育されたってことは……。 うそ!え?!うそっ! ひぃぃぃっ! ふと、父上にもらった、守刀が頭に浮かんだ。 もしかしたら、今なんじゃ……。 自害するとしたら、今、なんじゃ……。 そんなことを考えながら、オレが青くなっている間に、側仕えの人たちが、人払いされた。 床に正座で頭を下げて待つように言われて、とにかくその場に正座した。 「雨花様、若殿様のお渡りでございます」 「あ……」 緊張で、心臓出ちゃうぅぅ!! 一旦外に出ていた駒様が、ロウソクの灯りだけになっているオレの部屋に、静かに入って来た。 「こ、駒様」 「どうなさいましたか?」 「あ、あの……」 駒様に差し出した手が、震えてる。 「大丈夫ですよ、雨花様」 駒様が、ギュッと手を握ってくれた。 「イヤなら、イヤとおっしゃっていいんです」 そう耳打ちされた。 「えっ?!」 「しっ!」 「あ……」 イヤならって……いや、だから! だから、あいつは何をしに、ここにやってくるんですかぁ?! 「さあ、若殿様のお渡りでございます」 駒様が、ゆっくりとドアを開けた。 ゴクリと、唾を飲み込んだ。 マネキンみたいなその顔を見るのは、三日ぶりだ。 やっぱりこいつ、人間離れしてる。 「……()ね」 「かしこまりました」 若殿様に、低い声で命令されて、駒様は部屋を出て、扉を閉めた。 「……」 正座をして、お辞儀したまま、頭を上げられない。 ドキドキが……ドキドキが、もう……。 ホント、心臓、出ちゃう。 「試験は、うまくいったようだな」 ……へ?あれ?こいつ、こんな声だったっけ? もっと……なんか、威圧的、な声だと、思ってた。 「あ、はい」 「二人しかおらぬ。かしこまらずとも良い。そちも座れ」 「あ、うん」 マネキンが、自分が座っているソファの隣を叩くので、言われるまま、すぐ隣に座った。 「あの日、何をしておった?」 あ。……笑った。 あれ?こいつ、笑うと……マネキンっぽく、ない……かも。 「え?あの日?」 「余の、誕生日だ」 こいつ、自分のこと『よ』とか言うんだ。ホントすごく、殿様なんだなぁ。 「えっと……」 お前に選ばれないように、雨でぐちゃぐちゃになろうとしてました……とは、さすがに言えない。 「ん?」 あれ?なんか……目が、優しい……かも。 「あ、あの!どうして……オレ、なんですか?」 「ん?そなたに"オレ"は、似合わぬな」 そう言って、若殿様は、ふっと笑った。 うわ……あれ?やっぱり笑うと、すごく、なんか……あれ? 「どうして、とは……どういうことだ?」 「どうして……オレが選ばれたのか、わからなくて。あの時、オレ、ドロドロだったし、ずぶ濡れだったし……」 「余に選ばれぬために、雨の中、外に出たのか?」 「っ?!」 ドキーーーーーっ!って、心臓が!ば、バレてる?うわ、ホントもう、心臓止まっちゃいそう……。   ど、ど、ど、どうしよう。   なんつう勘の鋭さ!そのとおりなんだけど……。 でも、そんなことがわかったら、父上は失脚!オレは手打ち! 返事の出来ないオレは、ただ口をパクパクするしかなかった。

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