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若様といっしょ③
「残念だったな。逆効果であったぞ?一番目立っておった。逆に、余に選ばれるために、わざとそうしたのかと思ったくらいだ」
マネキンが、ニヤリと口端を上げた。
やっぱり、笑うと、マネキンっぽくない。
しかも!これは……お手打ちでは、ない、雰囲気?
「そっ、いえ!それは……」
「余は……嫌か?」
そんな風に聞かれて、胸が、ギシって……なんか、痛い。
こいつが、急に、悲しそうな顔なんか、するから。
悲しそうに、そんなこと、聞いてきたりして……。
なんだよ!そんな顔、しないでよ。
オレ……イヤなんて言うほど、お前のこと、知らないし。
だから、お前がイヤって言うか。
何だか……訳も分からず、お前に金で買われたって感じがしてて……。
オレからしたら、そういう……理不尽なところが、イヤなんだ。
「何もかもが、わからなくて……」
素直に話したら、わかってもらえるかも。
だって、こいつ、あんなに、優しそうに笑えるんだし。
「……」
「オレは、男なのに。同じ男に、嫁ぐ、とか……ワケが、わからなくって、そんなの……」
「そなたの父が、どうなっても良いのであれば、ここを出てゆくがよい」
「え?」
さっきまで、悲しそうにしていた顔が、今は、ものすごく厳しいものに変わっていた。
「余は、そなたの父に、直接手はかけぬ。しかし、余が手をかけずとも、余の周りの者共が、そなたの父を許さぬであろう。鎧鏡の繁栄は、男同士の婚姻の上に成り立っておる。それを理解出来ぬ者は、鎧鏡の家臣には……いらぬ」
なんの反論も、出来なかった。
わかってもらえるかも……なんて、思ったオレがバカだったんだ。
コイツ……。
オレとは、育ってきた環境が、あまりに違う。
こいつの常識は、あんまりにも、オレとは、違うんだ。
「わからずとも、今はよい。今はただ、そなたの……美しさを恨め」
「え?」
そう言って、急にマネキンが、オレに……キス、した。
「……ぎゃあああああああああああ!!」
「無礼なヤツだ」
思いっきりシャツで口を拭いていると、眉を寄せたマネキンに腕を引っ張られた。
「なっ?!」
オレは、マネキンの腕の中に、すっぽり収まっちゃって……。
ぎゃあああ!!
春画が!春画の世界が!
「そちは、軽いな」
「ぎゃっ、んんんんんんっ!」
叫んだところで、こいつ、舌を!舌を!オレの口の中にぃぃぃ!
ひぃぃぃぃ!
オレの舌を舐めるみたいに、絡めてきて……。
ぎゃああああ!
『ぴちゃ』って音が、オレの口の中から……聞こえた。
ひいいいい!
あんな春画より、こいつのほうがよっぽどいやらしい!
ぎゃあああああ!
やだやだやだやだやだあああ!
鼻の奥がツンとしたところで、マネキンが目を見開いて、顔を離した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「……興ざめだ」
マネキンみたいに、動かない表情で、若殿様はオレに、冷たくそう言い放った。
扉の外にいたらしい側仕えの人に『戻る』と言うと、開けられたドアから、部屋を出て行った。
ガクガクと、膝が、震えてる。
その場に、ガックリ座り込んだ。
本当に……怖かった。
なんだよ、あいつ!
なんなんだよ!あいつぅぅぅぅ!
「ふぇ……」
なんだよ!
「ふ、うぇ……」
……怖かったよぉ。
「母様ぁ……」
帰りたいよぉ。
「ふっ、えっ、うぇぇっ……」
帰りたい……。
ひとしきり泣いて、その後、父上が心配になった。
オレがへたれたせいで、父上が失脚したらどうしよう。
オレはお払い箱、父上は失脚……なんてことになったら……。
だけど、そのあと、父上が失脚したなんて連絡はなく、駒様からもなんのおとがめもないまま、始業式の朝が来た。
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