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若様といっしょ⑤
休み時間になった途端、さっそく、お詠の方様が、声をかけてきてくれた。
「行こうか?」
「あ、うん!」
「ずりぃ!ふっきー、ずりーぞ!」
「ダメダメ。付いてくるなよ」
お詠の方様は、ガヤガヤ騒ぐクラスメイトに手を振りながら、オレの背中を押して、教室を出た。
「ちょっとずつ、覚えればいいよ。学校も……曲輪もね」
そう言いながら、ニッコリ笑う。
あ、なんか、すごく、いい人そう。
「あ、うん」
「ボクも、曲輪は未だに迷うよ。もう一年経ったけどね」
「へぇ、お詠の方様でも?」
「あ。学校でその呼び方、やめてよ。ふっきーでいいよ。みんなそう呼ぶから」
「あ、うん。じゃあ、ふっきー」
「うん。一週間経ったけど、慣れた?」
「あ、うん!みんないい人だよね。特に、うちの小姓さんたちが、面白いんだ」
「小姓?」
「え?うん。小姓さん。ふっきーのとこの小姓さんはどんな子?」
「え?どんなって……」
「ん?」
そのまま、ふっきーは黙ってしまった。
しばらくの沈黙のあと、ふっきーは遠くの教室を指差した。
「あ。あっちが、音楽室ね」
「あ、うん」
「で、この下が食堂だよ」
「へぇ」
話を切り替えられてしまったあと、小姓さんの話は、出てこなかった。
どうしてだろう?うちのあげはがあんなんってことは、ふっきーんとこの小姓さんも、相当おかしな子なのかもしれない。
だから、話したくないのかな?
ひとしきり学校を案内してもらって、中庭を歩いている途中、ふと校舎を見ると、マネキンが、窓辺からこちらを見ていることに、気付いてしまった。
「あ」
「ん?」
「若様が、ふっきーのこと見てるよ」
ニヤニヤが止まらない!
駒様が選ばれるんじゃないかって、ついさっきまで思っててごめんね、ふっきー。
でも、あの、こちらの様子を窺うマネキンを見る限り、奥方は、ふっきーで決まりなんじゃないの?!
だって、駒様はあいつの側仕えの中でも一番上の"上臈 "って役職だって言うし。
今で言うところの、秘書みたいなもんかな?そっから考えたとしても、そんな使える人材、奥さんにしちゃったら、後々困りそうじゃない?
もしオレが若殿だったら、そこは、嫁にしないで、そのままで置いておきたいと思うよなぁ。
……って。あいつ、普通の感覚じゃないみたいだから、それでもいいのかもしれないけど。
「あ。ここでは、若じゃなくて、鎧鏡 くんね?」
「あ、そうだった」
曲輪の中では『若様』。学校では『鎧鏡くん』。
そう呼ぶように、オレも駒様から言われていた。
学校の中では、鎧鏡家の事情については、内緒になっているんだそうだ。
だから、オレがあいつの嫁候補だなんてこと、みんなは知らない。ふっきーとあいつの本当の関係性も、みんなは知らないはずだ。
そういやぁ、あいつの名前、『鎧鏡皇 』だったんだって、ついさっき知ったところだった。
「ボクを見ているかは、わからないけどね」
「え?」
「ほら。あの子、わかる?」
「え?」
ふっきーは、中庭の奥のほうで、バスケをしている集団を指差した。
「あの中の、一番小さくって動きがいい子が、お梅様だよ」
「……うぇっ?!」
奥方候補の"お梅の方様"は、同じ神猛学院の一つ下の学年だと聞いていた。
昨日、入学式だったって聞いたけど、もうあんなに友達がいっぱいいるんだ。しっかし、それより何より……。
あげは情報では、お梅様は、奥方に選ばれるだろう率第2位の可愛い子ってことだったけど……。
ホンットに、可愛いじゃん!
なにあれ?
めちゃくちゃ、可愛い!女の子みたい。あんな子、いるんだぁ。
あ……ついつい、見とれちゃってた。
これは……。
あげは……あげはは、お梅様を2位なんて言ってたけど、なかなかどうして、まだまだわかんないよ!
これは!心の中で、ガッツポーズでしょ!?
「さ。戻ろうか?」
ふっきーは、上をチラリと窺うと、オレの背中を押して、校舎の中に入るように促した。
「うん!」
オレは今、すこぶる機嫌がいいです!
「すめ」
教室に戻ると、窓際の席のマネキンに、ふっきーがそう声を掛けた。
『ここでは鎧鏡くんね』ってオレに言ってたふっきーは、若殿様を『すめ』呼びなんだ。
イエス!
再び、心の中でガッツポーズをした。
やっぱり、ふっきーが、正式に奥方になる日も近いんじゃ……。
いやしかし!
万が一、ふっきーに何かがあって、奥方になれなかったとしても、あの可愛いお梅様がいる!
ああ、急に学校生活まで、楽しくなりそうな予感がしてきた。
人生において、余裕は大切だと言っていた父上の言葉を思い出す。
父上、余裕がある状態って、こういうことを言うんですね。
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