17 / 584

若様といっしょ⑤

休み時間になった途端、さっそく、お詠の方様が、声をかけてきてくれた。 「行こうか?」 「あ、うん!」 「ずりぃ!ふっきー、ずりーぞ!」 「ダメダメ。付いてくるなよ」 お詠の方様は、ガヤガヤ騒ぐクラスメイトに手を振りながら、オレの背中を押して、教室を出た。 「ちょっとずつ、覚えればいいよ。学校も……曲輪もね」 そう言いながら、ニッコリ笑う。 あ、なんか、すごく、いい人そう。 「あ、うん」 「ボクも、曲輪は未だに迷うよ。もう一年経ったけどね」 「へぇ、お詠の方様でも?」 「あ。学校でその呼び方、やめてよ。ふっきーでいいよ。みんなそう呼ぶから」 「あ、うん。じゃあ、ふっきー」 「うん。一週間経ったけど、慣れた?」 「あ、うん!みんないい人だよね。特に、うちの小姓さんたちが、面白いんだ」 「小姓?」 「え?うん。小姓さん。ふっきーのとこの小姓さんはどんな子?」 「え?どんなって……」 「ん?」 そのまま、ふっきーは黙ってしまった。 しばらくの沈黙のあと、ふっきーは遠くの教室を指差した。 「あ。あっちが、音楽室ね」 「あ、うん」 「で、この下が食堂だよ」 「へぇ」 話を切り替えられてしまったあと、小姓さんの話は、出てこなかった。 どうしてだろう?うちのあげはがあんなんってことは、ふっきーんとこの小姓さんも、相当おかしな子なのかもしれない。 だから、話したくないのかな? ひとしきり学校を案内してもらって、中庭を歩いている途中、ふと校舎を見ると、マネキンが、窓辺からこちらを見ていることに、気付いてしまった。   「あ」 「ん?」 「若様が、ふっきーのこと見てるよ」 ニヤニヤが止まらない! 駒様が選ばれるんじゃないかって、ついさっきまで思っててごめんね、ふっきー。 でも、あの、こちらの様子を窺うマネキンを見る限り、奥方は、ふっきーで決まりなんじゃないの?! だって、駒様はあいつの側仕えの中でも一番上の"上臈(じょうろう)"って役職だって言うし。 今で言うところの、秘書みたいなもんかな?そっから考えたとしても、そんな使える人材、奥さんにしちゃったら、後々困りそうじゃない? もしオレが若殿だったら、そこは、嫁にしないで、そのままで置いておきたいと思うよなぁ。 ……って。あいつ、普通の感覚じゃないみたいだから、それでもいいのかもしれないけど。 「あ。ここでは、若じゃなくて、鎧鏡(がいけい)くんね?」 「あ、そうだった」 曲輪の中では『若様』。学校では『鎧鏡くん』。 そう呼ぶように、オレも駒様から言われていた。 学校の中では、鎧鏡家の事情については、内緒になっているんだそうだ。 だから、オレがあいつの嫁候補だなんてこと、みんなは知らない。ふっきーとあいつの本当の関係性も、みんなは知らないはずだ。 そういやぁ、あいつの名前、『鎧鏡皇(がいけいすめらぎ)』だったんだって、ついさっき知ったところだった。 「ボクを見ているかは、わからないけどね」 「え?」 「ほら。あの子、わかる?」 「え?」 ふっきーは、中庭の奥のほうで、バスケをしている集団を指差した。 「あの中の、一番小さくって動きがいい子が、お梅様だよ」 「……うぇっ?!」 奥方候補の"お梅の方様"は、同じ神猛学院の一つ下の学年だと聞いていた。 昨日、入学式だったって聞いたけど、もうあんなに友達がいっぱいいるんだ。しっかし、それより何より……。 あげは情報では、お梅様は、奥方に選ばれるだろう率第2位の可愛い子ってことだったけど……。 ホンットに、可愛いじゃん! なにあれ? めちゃくちゃ、可愛い!女の子みたい。あんな子、いるんだぁ。 あ……ついつい、見とれちゃってた。 これは……。 あげは……あげはは、お梅様を2位なんて言ってたけど、なかなかどうして、まだまだわかんないよ! これは!心の中で、ガッツポーズでしょ!? 「さ。戻ろうか?」 ふっきーは、上をチラリと窺うと、オレの背中を押して、校舎の中に入るように促した。 「うん!」 オレは今、すこぶる機嫌がいいです! 「すめ」 教室に戻ると、窓際の席のマネキンに、ふっきーがそう声を掛けた。 『ここでは鎧鏡くんね』ってオレに言ってたふっきーは、若殿様を『すめ』呼びなんだ。 イエス! 再び、心の中でガッツポーズをした。 やっぱり、ふっきーが、正式に奥方になる日も近いんじゃ……。 いやしかし! 万が一、ふっきーに何かがあって、奥方になれなかったとしても、あの可愛いお梅様がいる! ああ、急に学校生活まで、楽しくなりそうな予感がしてきた。 人生において、余裕は大切だと言っていた父上の言葉を思い出す。 父上、余裕がある状態って、こういうことを言うんですね。

ともだちにシェアしよう!