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三歩進んで五歩下がる②

棒倒しは、思った通り、三年生の勝利で終わった。 オレは、棒倒しが終わるやいなや、保健室に急いだ。 いや。あの二人の邪魔をするつもりとか、そんなんじゃなくて……。 もしかすると、あいつのケガが、オレのせいなのかもしれないって思ったら……すごく、気になって。 だってこのあと、あいつ、リレーも出るはずなのに……。 走れなかったら、どうしよう。 保健室のドアを開けると、ふっきーが、『鎧鏡くん』の足を、消毒しているところだった。他には、誰も見当たらない。 「あ」 「あれ?雨花ちゃん、どうしたの?ケガした?」 「あ、ううん!なんでも、ない」 せっかく声を掛けてくれたふっきーに、ぶっきらぼうにそう言って、そのまま保健室を飛び出してしまった。 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」 別に……何、逃げてんだよ?オレ。 何か、あそこにいたら、いけないような気がしちゃって。 すごく……ドキドキしてた。 何しに行ったんだよ? だって、あのケガ、オレのせいだろうし。だから、謝りたくて……。 なのに、何だかわざわざ、二人の邪魔しに行ったみたいになっちゃった気がして……。 余計、気分的に、なんか……。 なに?これ。 そのまま、何だか戻る気になれなくて、遠回りをするように学校の周りを歩いていた。 体育館裏に入ったあたりで、後ろから声を掛けられた。 「あれ?あおばちゃん!」 「え?」 振り返って見ると、知らない顔だ。でも、この体操服は、三年生、だよね? 「裸足でどうしたの?ん?」 「あ……」 棒倒しをしたまま、保健室に向かったから、そう言えばオレ、裸足だった。そう思ったら、急に足の裏が痛くなった。 「足、痛いんじゃない?」 「え、いえ。大丈夫です」 「オレが、抱っこして連れて行ってあげようか?」 「え?いえ、結構です!」 「遠慮はいらないよ?」 そう言いながら、三年生が近付いて来た。 え?ちょちょちょ!ちょっと!冗談やめて。 「や、いや。ホントに結構ですから」 歩き出そうとしたら、手首を掴まれた。 「ちょ?!」 「そんなこと言わないでさ。オレ、あおばちゃんが入ってきた時から、ずっと可愛いって思ってたんだよね」 「っ?!」 き……気持ち悪っ! 掴まれた手首を振りほどこうとするのに、強く掴まれて、離せない。 「離してください!」 「オレと付き合ってくれるならいいよ?」 「は?」 掴まれた手首を強く引かれた。 うわっ!こんなヤツの胸に飛び込んじゃう!と、思った時……。 「それは、いけません」 そんな声がして……。 「ぎゃっ!」 「え?」 オレの手首を掴んでた先輩が、オレの視界から消えた。 え? ふと見ると、地面に転がっている。 「え?え?!」 「大丈夫でございますか?雨花様」 倒れている三年生のすぐ脇に、片膝をついた黒尽くめの男が、頭を下げてそこにいた。 「え?!」   いや、誰?! 「そちは、隙だらけだ」 後ろから声がして、驚いて振り向くと、オレの後ろには、いつの間にか『鎧鏡くん』が立っていた。 え?保健室での治療は?え?ふっきーは? え?それより、さっきの人、誰? 黒尽くめの男を確認しようと振り返ると、もうそこには、誰もいなかった。 え?……え?どういう、こと? 「このように、襲われそうになるなど、そちに隙がある証拠だ」 「は?」 「そちは、余の嫁候補。余のものだということを忘れるでない」 「な……」 「そちが、余の嫁候補らしいことが何も出来ない役立たずだとしても、そちは余の嫁候補だ。余以外の者にうつつを抜かすようなことがあれば、即刻手打ちに致す。そのつもりでおれ」 な……んだよ?それ。 「戻るぞ」 「……やだ」 先を歩き始めていた『若殿殿』を、睨みつけた。 「なに?!」 ゆっくり後ろを振り向いた若殿に、もう一度ハッキリ『やだ』と言った。 ものすごく……ムカついていた。 『役たたず』って、何だよ?! 「自分が何を申しておるのか、わかっておるのか?」 「わかってるよ!オレがうつつを抜かしたってなんだよ?!あっちが勝手に寄って来たっていうのに!」 「そちに隙があるからだと言うておる」 「隙って何だよ?!隙って!……嫁候補らしいことが何にも出来ない役たたず?オレを役たたずにしてるのは、お前だろ?!家臣を使いこなすのが殿の仕事じゃないのかよ!オレが嫁候補として役たたずなら、お前は殿として無能だ!それに……オレはお前のものじゃない!オレはオレのもんなんだよ!」 そのまま、あいつの顔も見ないまま、足の裏が痛かったけど、思いっきり走って、教室に帰ってきてしまった。 ものすごく……腹が立った。 『役たたず』 その言葉が、胸に刺さってる。

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