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三歩進んで五歩下がる③
役たたずにしてるのは、お前じゃないか!そもそも、嫁候補の仕事ってなんだよ!
夜伽?それだけ?
そうだとしても、あの一回のお渡りで、オレに愛想をつかして、あれから一度も渡らないのは、お前の勝手じゃないか!
それなのに……。
あんな風に言われて、腹が立たないヤツがいたら、おかしいよ。
そうでしょう?違うんですか?父上。
いくら、自分の主君だとしても、あんなことを言われてまで、尽くさないといけないんですか?
嫁候補らしい仕事をさせていないのは、あいつ自身じゃないか!
もう、奥方にする気なんかないのなら、解放してくれたらいいのに。
それでも、あんな風に『余のもの』だなんて言って、縛ってきて……。
なんなんだよ!
帰りたい……。
父上。母様。
教室で、机に突っ伏していると、ふいに声を掛けられた。
「どうしたの?」
「っ?!」
ふっきーだ。
オレの靴を持っている。グラウンドに、置きっぱなしだったんだっけ。ふっきーに、礼を言って、受け取った。
どうしてわかったんだろう?ここにいること。
「泣いてたの?」
「……」
「つらい?」
そんなことを聞いてきて……。ふっきーは、さっきのこと、知ってるのかな?
なんてったって奥方第一候補で、あの『鎧鏡くん』と仲良しだし、何でも知ってるのかも。
役立たずのオレとは違って、何でも出来るんだろうしさ!
「……うん」
「……」
「もう……うちに帰りたい」
「雨花ちゃん……」
「そんな名前で呼ばないでよ!」
あいつが付けた名前なんかで……。
「すめは……すごく、いいヤツだよ?あんなんだけど、すごく繊細で、傷つきやすいところがある。トップになるために育てられてきた人だから、ちょっと態度が大きくて、誤解されやすいかもしれないけど」
態度が大きいのが問題じゃない!
繊細で傷つきやすい?
そんなヤツが、あんな風に、人を傷付けるようなことを言う?
「ふっきーが、そうやって分かってあげてるんだから、早く奥方になればいいんだよ!そうすればオレは、うちに帰れるんだから!」
こんなの、八つ当たりだ。わかってる。優しくしてくれるふっきーに、八つ当たりなんかして……。
だけど、気持ちが止められない。
「あいつ、オレを手打ちにするって言ったんだ!したいならすればいいんだよ!そのほうが……」
もう、苦しまなくて済む。
「そんなこと、言わないであげて」
ふっきーが、目を伏せた。
「すめだって、傷付くよ」
どうして?
どうしてだよ!
傷付けられたのは、オレのほうだよ?
結局、ふっきーがオレに声をかけてきたのは、あいつのためなんだろ?
そんなに大事なら、ふっきーが早く結婚してやればいいんだ!
そんなにあいつは偉いのかよ!人を傷つけても、あいつが絶対に正しいの?
そんなの……おかしいよ!
それが、鎧鏡家では当たり前のことだって言うなら、オレは、これ以上あそこにはいられない。
家臣を傷付けても、なんとも思わないような殿様に、忠義を尽くすなんてこと、オレには出来ない!
受け入れられない!
そのまま、オレは体育祭には戻らず、車を呼んで鎧鏡家に戻った。
あいつの隣の席に、普通の顔で座っていられるわけがない。
そんな……自分に嘘をつくようなこと、オレには、出来ない。
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