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母様といっしょ①
『役たたず』……あいつのその言葉が、ずっと耳の奥に残ってる。
鎧鏡家に戻って、ずっとベッドに伏せっていた。
側仕えさんたちも、人払いさせてもらって。
……一人になりたかった。
『役たたず』……そう言われて、こんなに腹が立ったのは……本当のこと、だから、なんだ。
オレは、この鎧鏡家の、なんの役にも立っていない。
奥方候補なんて、名前ばっかりで、実際はお渡りすらない、中身のない存在だ。
ただ美味しいごはんを食べさせてもらって、金持ち学校に通わせてもらって、ふかふかの無駄に大きなベッドに寝かせてもらって……。
オレ……なんのために、ここにいるんだろう?
お前が、選んだくせに。
お前が、勝手に興ざめして、渡らなくなっただけなのに。
お前が選んだから、仕方なくここにいてやってるのに。
オレの存在を無駄にしてるのは、お前のほうなんだよ!
だけど……。
オレが、あそこで泣きべそをかいたりしたから、あいつは、興ざめしたんだ。
なんの奥方教育も受けてないオレが、即戦力の奥方候補でないのは、事実だし。
嫁候補らしい仕事が、何にも出来ていないと言われれば、本当のことだ。
オレは、毎月一回あるっていう、鎧鏡家の行事にも、未だに出席することすら許されていないし。
他の候補様たちは、みんな奥方候補として出席しているって言うのに……。
オレは、候補にすら、なりきれてないんじゃんか。
ホントにオレ……なんの、役にも立ってない。
なのに、どうしてここにいるんだろう?
『鎧鏡家に忠義を尽くしてくれないか』
そんな父上の言葉を、思い出した。
ごめんなさい、父上。
オレには、この鎧鏡家に忠義を……いや、あいつに忠義を尽くすなんてこと、出来そうにありません。
父上が、心から信頼しているお館様にならいざしらず、あんな……あんな、人の心を平気で傷つけるようなことを言うヤツに、忠義なんか、尽くせません!
父上に頂いた、守刀を取り出した。
今、なのかもしれない。
これを抜くのは、今、なのかも……。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
暗くなった頃合を見計らって、窓から外に飛び出した。
自害する前に、一目、父上と母様に会いたい。
若殿様に、あんな暴言を吐いたオレは、遅かれ早かれ、手打ちだろうけど、あんな奴に手打ちにされるくらいなら、自害することを選ぼうと思った。
そう思って、守刀を抜いたのに……。
その時、父上と母様の顔が浮かんできた。
ここに来る時、父上と母様に、きちんと礼を言えなかったことを、ずっと悔やんでいた。
自害する前に、どうしても二人に、きちんとお礼とお詫びがしたいと思った。
『今まで育ててくれてありがとうございます。そして、せっかくいただいた命を粗末にするオレを、許してください』って……。
あのお堀を泳いで渡ることは、どうしても無理そうだ。何とか、門の脇をくぐって、抜け出せないか……。
唯一、普段でも女性の出入りが許可されているため、オレたち候補は立ち入り禁止になっている、"二の丸"のほうに向けて、森の中を走った。
あっちにだったら、どこか抜け出せるところも、あるかもしれない。
真っ暗な森の中、ただまっすぐにと、走り続けた。まっすぐ走っていれば、いずれどこかには出られるはずだ。
どれくらい走ったか……高い草が生い茂っている場所に出た。
草をかき分けると、前方に東屋が見えた。東屋があるってことは、二の丸が近いのかもしれない!
「ひっ!」
東屋に近づくと、小さな人影が見えて、驚いて声を上げてしまった。
え?!誰?
一気に心臓が、バクバクし始めた。
「雨花様」
「えっ?!……あげは?」
東屋のほうに見えた、小さな人影……ぼんやり見えていたその人影が、ハッキリ見えるくらい近付いてきた時、初めてそれが、小姓のあげはだと気が付いた。
え?なんで、こんなところにあげはが?
オレ、二の丸を目指してたはずなのに、全然違う方向に来ちゃってた?
「雨花様が向かうべきは、こちらです」
「え?」
あげはが、オレの手を握って、軽く引く。
あげはの手は、驚くほど、冷たかった。
「ちょっ……あげは!」
え?まさか、オレが逃げ出したのを知って、先回りしてた?とか?
……まさか。
手を振りほどこうとするオレの指を、あげはは強く繋いできた。
「大丈夫です。若様のところじゃありません」
「え?」
オレの心を見抜いてるみたいなことを言って、あげはがオレの手をぐいぐい引っ張って歩いて行く。
「どこに?オレ……」
もうここにはいられないんだってば!戻ったら、あいつに手打ちにされる!
その前にもう一度、父上と母様に会いたいんだ!
「大丈夫だから……信じて。雨花様」
「……あげは?」
いつもの、おしゃべりでゴシップ好きなあげはとは、別人みたいだ。
何だか、ふわふわした足取りで、オレを引っ張って歩いて行く。
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