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母様といっしょ②
「見つけた」
「え?……えっ?!」
あげはが立ち止まったところにいたのは、あいつの誕生日に、東屋で寝そべっていた、犬にしては大き過ぎる、真っ白い犬だった。
だけど、あの時みたいじゃない。
こちらを向いて、うなっている。
「え?なんで?」
「お前、ホント感じ悪いよ」
あげはがそう言って白い犬に手を出そうとすると、犬は威嚇し始めた。
あの時は、すごく大人しい犬だったのに、どうしちゃったの?
ぐるぐると喉を鳴らしている犬は、どうやらあげはを威嚇しているようだ。
「ちょっ、え?どうしたの?」
白い犬とあげはは、睨み合っているようで……。
そのうち、白い犬は、オレとあげはの間についっと入って、オレを守るように、あげはに向かってうなり出した。
「ちょっ……ダメだよ、そんな怒ったりしたら。どうして?あげはは、怖くなんかないよ?」
グルグル巻いているふかふかの白い毛を、ゆっくり撫でると、犬は大きな顔で、オレの腹をこすった。
「うわっ!ははっ。くすぐったいって……ふふっ」
そのうち、白い犬が、オレの足元にゆっくりと"伏せ"のポーズで座った。
あ、落ち着いたかな。
「もうだいじょ……って、あれ?あげは?」
あるはずだと思って声を掛けたあげはの姿は、もうそこになかった。
「え?あげは?」
あげは、どこに行っちゃったの?
もう暗いのに、一人でこんな森の中をウロウロしたら、危ないんじゃ……。
あげはの姿を探してキョロキョロしていると、すぐ近くの茂みから、ガサガサという音がした。
なにっ?!
「っ?!」
びっくりして、音のする方を見ると、高い草むらの向こう側から、草をかきわける手が見えた。
え?あげは?
『シロ?』と、言いながら、高い草の間から出て来たのは、あげはじゃない。
すごくキレイな……女の、人?
「あれ……あ!もしかして、雨花様?」
そう言いながら、その人はオレを指差した。
女の人かと思ったけど、この声の感じとか、背もすらっと高いし、服装とか……え?男の人?
でも、すごく……綺麗な人だ。
「え?あ、はい」
なんでオレを知ってるの?
あ!ここ、鎧鏡家だった。
え?でも、オレを見て、雨花様って言った。ってことは……梓の丸で、働いてる、人?
いや、この人も、初めてオレと会ったみたいな感じだよね?
え?
「あぁ、やっぱりそうでしたか。初めまして。鎧鏡朋唯 です」
「……がっ!」
がいけいともいぃ?!
駒様から、最初に教えられたのは、『鎧鏡』という苗字が付いている人たち……鎧鏡一族の名前だ。
何度も筆で書かされた、忘れもしないこの名前!
この人……御台所様だ!
鎧鏡家の、お館様の奥さんで、あいつの……"お母さん"。
……いや、男の人だけど。
だって、駒様も『御台様は若様の母上様でございます』って言ってたし。
でも……こんなキレイな人なら、赤ちゃんとか産んじゃっても違和感なさそう。
……いやいや!無理無理!ホントここんとこ、男子ばっかりに囲まれてるからか、オレの思考は、何だかどんどんおかしな方向に……。
「シロがそんなに懐くなんて……本当だったんだ」
「え?」
「あぁ、いえ。あれ?こんなところで、どうしました?ここは、三の丸のはずれですよ?迷いましたか?お付きの者は?」
「あ、いえ」
側仕えさんたちの話だと、御台様は、すごく厳しい方らしい。
まさか、逃げだすところです、なんて、言えるわけない!
いや、厳しくなかったとしても、そんなこと、絶対言えないし!
……どうしよう。
ドキドキしていると、足元にいた大きな白い犬が、さらにオレを守るように擦り寄った。
「ああ、本当にシロは、あなたが好きらしいですね」
「あ、シロ?って言うんですか?」
『シロ』の頭を撫でると、もっとして欲しいというように、頭をこすりつけてくる。
「ふふっ……可愛いね、お前」
御台様は、オレと一緒にシロを撫でて笑った。
「あ、どこかに、お出かけしたいなら、お付きの者を付けたほうがいいですよ?」
「あ、いえ……」
「ん?どうしたの?」
御台様は、首を傾げて、すごく優しく声を掛けてくれた。
その顔を見た瞬間、急に"母様"を思い出して……自分でもびっくりするくらい、ブワッと涙が溢れてしまった。
「え?雨花様?」
「ご……ごめん、なさい……」
うつむいたオレの肩にそっと手を置くと、御台様は『私の部屋にいらっしゃい』と言って、背中を軽く押した。
「え?」
「シロも一緒に。ね?すぐそこだから」
そう促されるまま、御台様の後ろをついて行った。
オレの横には、ぴったり『シロ』がついて歩いている。
木と草が生い茂る森の中は、日もとっぷりと暮れてしまった今、薄い月明かりが、大きな木の、葉と葉の隙間から、微かに地面に届いているだけだった。
足元がおぼつかなくなるほど、暗い。
だけど、真っ白な『シロ』が隣にいるだけで、なんとなく、ふわっと明るい感じがする。
ホントに大きい犬だなぁ。オレ、乗れちゃいそう。
御台様がさっき出てきたような、背の高い草むらをかき分け少し進むと、木と木の間に、遠くからしか見たことがなかった『三の丸』の居城の灯りが、すぐそこに、見えていた。
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