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母様といっしょ③

「はい。ハーブティーね。カモミールと、ローズと……って、あ、ちょっと癖があるかな?大丈夫?ハーブティー?」 三の丸の居城は、全体的に和風な内装のようだ。オレがいる梓の丸の屋敷より、断然大きい。一歩中に入ると、薬草のような香りが漂っていた。 ここには、お館様も住んでいるはず。今は、それらしい人は見当たらないけど……。   長い廊下の一番奥にあるドアを開けて、御台様は、オレの背中を押して、中に入るよう促した。 こじんまりという感じのダイニングキッチンだ。この部屋だけは、すごく洋風な作りになっていた。 キッチンのすぐ脇に、四人掛けのダイニングセットが置かれていて、オレは、何だか、イギリスに住んでいた時の家を思い出していた。 こんなに広いお城なのに、こんなにこじんまりしたダイニングキッチンなんて……と、入った時には違和感があったけど。 だけど、ここは何だかものすごく、ほっとする空間だった。 オレに『どうぞ座って』と、椅子を勧めると、御台様はすぐにハーブティーを入れてくれた。 「あ、はい。大好きです」 イギリスでは、おばあ様も一緒に住んでいて、庭で育てたハーブで、よくハーブティーをブレンドして、入れてくれたっけ。 飲みやすいようにと、おばあ様がほんの少し垂らしてくれた、はちみつの甘さが、懐かしい。 そんなことを思い出すと、またジワリと、涙が浮かんできてしまった。 「さて……雨花様は、泣いてばっかりで、どうしたのかな?」 「……ごめんなさい」 優しく声を掛けられて、また、余計泣けてきた。 このお屋敷で会った、あいつ以外のみんなは、本当に優しくていい人だなって思ってる。 御台様も、本当に優しくて、いい人そうだ。 でもなんか……うまく説明出来ないけど、御台様は、みんなとはまた、種類が違うっていうか……すごく、ほっこりする人だ。 厳しい人だなんて、みんなは言ってたけど、全然そんなことないじゃないか。こんなに優しそうな人、そうそういないと思うけど……。 だから、余計泣けてくるんだ。 さっきまで、自害しようとしてたオレの気持ちに、痛いくらい、あったかくって……。 「帰りたくなっちゃった?」 床に寝そべるシロを撫でながら、御台様は、何でもないことみたいに、そう聞いてきた。そう思っても、全然悪くないんだって、そんな風に、聞こえる。そう思いたいオレの、都合のいい解釈かもしれないけど……。 でも。 そんな御台様にオレは、ものすごく、話を聞いてもらいたいと思った。 この人になら、わかってもらえるかもしれない。 御台様は、オレと同じように、もともとこの鎧鏡家の人ってわけじゃないから、オレが思ってることを話しても、あいつとは違って、わかってもらえるかもしれない。 「どうしてここにいるのか……意味が、わからなくなって……」 「え?」 「奥方候補とか言ったって、オレ……ここで、何をするわけでもなくて……。だったら、うちに帰っても……いいんじゃないんですか?ここで、何をしたらいいのか……」 何をしたらオレは、『役立たず』じゃなくなるの? 「ここにいることに、意味があるんだよ」 「え?」 「ここにいればいいんだよ。それが候補様の一番の"仕事"」 「いればいいって……そんなの……だって!あいつは!あ、いえ……若様は!そんな風に思ってません!だってオレのこと……何の役にも立ってないって!役立たずだって!」 そう言った自分の言葉に、また、どわっと涙が出てしまった。 ここにいるだけで、候補の仕事が出来てるなら、あいつに役立たずなんて言われる筋合いじゃないじゃん! 御台様はそう言ったけど、あいつは、御台様と同じようには思ってないんだよ! 役立たずってことは、もっとなんか……オレに、候補らしいことをしろって、思ってるってことでしょう? オレ……何の役にも立たない存在なんて……イヤだ。 役立たずなんて……あいつにとってオレは、ここにいるだけ邪魔な存在ってこと、なんじゃないの? 誰かに、邪魔者だと思われながら生きていくなんて……そんなの……すごく、惨めだ。 オレ……そんな風に思われてるなんて……今まで生きてきて、一度だって、感じたことがなかった。 オレの存在が、邪魔だなんて。 そんな風に思われながら、それでもここで生きていく意味なんか、あるの?オレをここに置いておく意味があるの? オレには、そんな事情……わかんないよ。   「あの子……そんなこと、言ったの?」 御台様の、すごく悲しそうな顔が、目に入った。 「あ……」 ふと、涙が止まった。 この人は、あいつを育てた『お母さん』じゃないか。 息子の悪口を聞かされて、悲しく思わないわけない。 オレ……なんてことを……。 自分のことばっかりしか考えないで、なんてひどい話を聞かせちゃったんだろう。

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