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母様といっしょ⑤

御台様は、『何から、話したらいいのかな』と、言いながら、ゆっくりした口調で、話し始めた。   現在のお館様(やかたさま)は、いつもにこやかで、そのせいで『昼行灯(ひるあんどん)』とか呼ばれてたこと。 そんなお館様の性格が、家臣たちに不安感を持たせてしまったことがあったこと。 『不安感って何ですか?』と聞くと、御台様は、少し困った顔をして、『一時、そんな"昼行灯"なお館様に、鎧鏡家を引っ張って行けるんだろうか?って、そんな噂が家臣たちの間に広がって、鎧鏡家の存続を揺るがすくらいの、大きな動揺をもたらした時期があったんだ』と、教えてくれた。 お館様についてオレは、父上をあんなに感動させるくらい、懐の深い方なんだろうな……くらいに、思っていた。 にこやかでいるなんて、普通に考えたら、すごくいいことじゃんって、オレは思うけど。 だけど、立場が殿様ともなると、そんなことが不安材料になっちゃうことがあるなんて……。 そんな経緯があったから、あいつが、生まれてすぐに、鎧鏡家に引き取られた時、あいつの教育方針として、一番に望まれたことは、常に殿様らしい振る舞いが出来る殿様にすることだったんだ、って……。 千代は、不尊で、横柄で、絵に書いたような"殿様"気質に育ってて当然なんだよ。そうならないといけないって、私や、教育係から言われ続けながら、育ってきたんだから……って。 そう言って、御台様は、小さく溜息をついた。 だけど、小さいうちは、優しくて可愛くて、天使みたいで、よく笑う子だったんだ。それが千代の、本来持ってる性格なんだと思うよ。そんなあの子を変えてしまったのは、私なんだ……って、御台様は、小さかった頃のあいつを思い出したのか、すごく優しい顔で微笑んだ後、大きく溜息をついた。 何万という家臣の頂点に立つためには、色々な知識と技術を持つ必要があって、更に、どんな時にも動じない、強い心が必要になる。 御台様はそう考えて、あいつが家臣に認められる殿様になるよう、あいつに、ありとあらゆる勉強をさせ、厳しく厳しくしつけてきたんだと言った。   「何より、殿らしくって……それが、千代が鎧鏡家で生きていくために、一番必要なものみたいに……誰より、私がそう考えていたんだ。だから千代は、鎧鏡家の殿としての技量は、申し分ない人材だと思ってる」 「……」 「だけど……それじゃ、ダメなんだよ」 御台様は、ふっと目を伏せた。 「どうして、ですか?」 「いずれ、あのままのあの子だと、きっと、あの子自身が苦しむ日がくる。鎧鏡家の殿として、殿様らしく、何万の家臣を率いていかなければならない、なんて、考えていたら……」 「……」 「もし自分なら、そんな立場、どう?重過ぎない?」 「重い……です」 「そうだよね。その点、王羽(わこう)は……あ、お館様ね?」 鎧鏡王羽(がいけいわこう)……それが、あいつの『お父さん』で、現在の鎧鏡家のトップの名前だ。オレは、まだ一度も目通りすら許されていない人……。 御台様の話を聞く限りでは、あいつとは全然違って、にこやかな人、なんだろうなぁ。 「あ、はい」 「王羽は、ホントに……殿様らしくない殿様でね。そんな、何万の家臣を、自分が率いていかなきゃいけない、なんて、そんな風に思わなくていいんだって、言ったんだ」 「え?!」 「家臣に聞かせたら、え?って思う話でしょ?でも王羽は……自分は、たった一人の人を、幸せに出来ればいいんだって言うんだよ。そうすれば、世界中の人を幸せに出来てるはずだからって」 「え……」 「そんな人だから、昼行灯なんて噂されてしまうのかもしれないね。だけど……そんな王羽の言うことは、本当なんじゃないかなって、今は私も思うんだ。……私は今、すごく幸せで……鎧鏡家も、すごく繁栄してるでしょう?」   御台様は、すごく幸せそうに、笑った。

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