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母様といっしょ⑦

「青葉を手打ちになんて、私がさせないよ。ね?これで心配することはもうない?鎧鏡家に残って……あの子のこと、もう少し、見てやってくれるかな?」 御台様が、微笑んだ。 実家を出る時に、父上に言われた言葉が、頭に浮かんだ。 「あの、オレ……実家を出る時に、父上から、もうここには戻れないものと思えって言われたんです。父と母とは、もう呼ばないようにって言われて、送り出されました。だからもう……オレには、帰るうちも、両親も、ないんです」 そう。自害する覚悟でもない限り、実家には戻れない。ここにいるしか、ないんだ。 「懐かしいなぁ」 「え?」 「私も、同じように言われて、このうちに嫁いで来たんだよ」 「え?」 「柴牧家(しばまきや)殿は、青葉に奥方教育はしていなかったようだけど……そんなことより青葉は、本当に大切なことは、ちゃんと教えてもらってるんだと思うよ?」 「御台様……」 「あ!そうだ!じゃあ、私で良ければ、青葉の"母様"になれないかな?」 「えっ?!」 「あ……あぁ、男を"母様"とは、呼べないよね?さすがに」 「いえ!いいえ!」 オレの中で、御台様を『母様』と呼ぶことに、なんの抵抗もなかった。 だって御台様はやっぱり、どことなく、うちの母様と、雰囲気が似てるから。 そのあと、『もう一杯どう?』と、御台様……あ、"母様"から、ハーブティーを勧められて、オレは急に梓の丸が心配になった。 あそこを出てくる時は、もう戻らない覚悟でいたから、誰にも言わずに飛び出してしまったから。 もしオレがいないのが見つかったら、大変な騒ぎになっちゃう。早く戻らなくちゃ! そう話すと母様は、すぐに梓の丸に連絡を入れてくれた。   「ありがとうございます」 「うん。あ、帰る前に一つ、私のわがままを聞いてくれるかな?」 「え?」 母様は、床に寝そべるシロをふっと見た。 「その子の、世話係をしてもらいたいんだ」 母様は、オレの足元で寝そべっているシロを指差した。しゃがみこんでシロを撫でると、シロがゴロリと回って、お腹を出した。 母様はふっと笑って、『はいはい』と言いながら、シロのお腹をさすっている。 「え?世話って……」 「この子ね、すごく……なんていうか、気難しいんだよ。私と、千代にしか懐いてなくて。千代は忙しくて、世話なんかしていられないし、私もなかなか一緒にいてはやれない。千代か私からじゃないと、ご飯も食べなくて、ホントに困った子なんだ。でも、青葉のことがすごく気に入ったみたいだし、青葉からなら、ご飯も食べると思うんだよね。どうだろう?」 「オレで、いいんですか?」 「ああ、ははっ。青葉に"オレ"は似合わないね」 「あ、それ、最近よく言われます」 「だろうね」 「あの……はい!」 「え?それ、"OK"ってこと?で、いいの?」 「はい!」 母様は、オレに、"ここにいる意味"を、くれたんだ。 母様は、『それからね』って、鍵がかかるノートを一冊、オレに渡した。 『書ける時でいいんだけど、千代の様子とか、学校であったこととか、書いてくれないかな?あの子の学校での様子とか、ホントにわからなくて。交換日記ってやつ?』と言って、にっこり笑った。 オレに出来た、ここにいる、意味。 母様がくれた、鍵の付いたノートと、大きな大きな白い犬……シロを連れて、オレは梓の丸に急いで戻った。 梓の丸の入り口に、オレンジ色の照明に照らされながら、誰かが立っているのが見えた。 あ、あれ、いちいさんだ。 いちいさんを見るなり、シロがうなり始めた。 「あ!ダメだよ!シロ!」 ホントに、誰にも慣れてない犬なんだなぁ。 「雨花様!」 「あ……」   抜け出したのが、バレたんだ。怒られる!と思ったのに……。 「おかえりなさいませ」 いちいさんは、そう言うと、深々と頭を下げて、そのまま顔を上げずにいる。 「いちい、さん?」 「生きた心地が、いたしませんでした」 「え?」 「お部屋にいらっしゃらないとわかってから……雨花様に、万が一のことがあったらと……」 「あ……」 「先程、御台様よりご連絡いただくまで……本当に、心配致しました」 「ごめん、なさい」 頭を下げたままのいちいさんに近付くと、いちいさんはビクッと体を震わせて、『安心致しました』と言って、そっと涙を拭ったようだった。 いちいさん……泣いて、る? ここにも、こんなにオレのこと、心配してくれる人が、いた……。 「ごめんなさい」 オレはまた、そこでひとしきり泣いた。 人に泣かされた時より、人を泣かせてしまった時のほうが……胸が、痛い。 泣きながら、こんな温かい痛みもオレは……今まで知らずに、生きてきてたんだって、そんなことを思っていた。

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