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若様観察日記②

「どうした?」 トイレから出ると、もういないと思っていた『鎧鏡くん』が、ドアのすぐ前に立っていた。 「ちょっ……」 なんで、まだそんなとこにいるんだよ!何かまた、泣きたくなってくるじゃんか。 「あの……ちょっと!」 「あ?」 オレは、『鎧鏡くん』の腕をとって、トイレに引き込んだ。 しなくちゃって……すぐにしなくちゃって、思ったことが、あったから。 「あのっ!ごめんなさい!」 『鎧鏡くん』に向かって、思いっきり、頭を下げた。 『すめだって傷付くよ』って言ってた、ふっきーの言葉が、頭に浮かんでた。 マネキンみたいに、表情は変わらないけど……殿様らしく生きろって言われてきたこいつが、『無能』呼ばわりなんかされたら……余計、傷付くよなって、思った。 うん、傷、付くよね。 「なにを……」 「無能、とか、言って。オレ……ごめん!役立たずって言われて、オレ……すごく、ムカついて……」 「だから、そのようには思っておらぬと……」 「それは!もう、わかった!それは、よく、わかった。だから、あの……ホント、ごめん。オレも、お前のことホントは、無能だなんて……思ったこと、ない。……のに!売り言葉に買い言葉で……お前のこと、傷付けて……ごめん!」 オレ……母様から、こいつの育てられ方とか聞いちゃったら、こいつが、オレを役立たずとか思うのも、仕方ないのかもしれないって、思ってた。 こいつが、オレを役立たずだと思ってても、母様はそうじゃないし……って。 あそこにいる意味も出来たんだしって、思おうとしてたんだ。   だけど。 そんな風に、自分を納得させたはずだったのに、こいつにとって、オレは役立たずじゃなかったんだって、さっきわかって……ものすごく……嬉しかった。 泣くくらい、嬉しかったんだ。 オレは、こいつにとって役立たずじゃないってわかったら、オレのほうが、よっぽど悪いヤツじゃないかって、罪悪感で胸が痛くなった。 だって、こいつは、オレのことを傷付ける気なんか全然なかったのに、オレが勝手に傷付いていたわけで……。 なのに、誤解があったとは言え、オレは、こいつを傷付けるためだけに、無能だなんて、思ってもないこと、言っちゃったわけだし。 だから!もう、とにかく、早く謝りたかった。 「余を、お前、などと、申すでない」   はあ?今、そこ、気にする? やっぱりこいつ、『殿様』だ。 オレの謝罪した気持ちを、まずは汲め! 「ああ、鎧鏡くんね?はいはい」 何だか呆れて、半分投げやりに返事をした。 こいつとは、わかり合える気がしない。 「そなた、自分の立場がわかっておるのか?」 「わかってるよ。学校では、オレとお前は対等な立場ってことだろ?」 「……」 「とにかく、さ。オレが言いたいのは!傷付けて、ごめんってことなの!」 オレが今、ものすごく言いたいのは、それなんだよ!もう! 「余も、そなたを傷付けるつもりなど……なかった」 『鎧鏡くん』が、真っ直ぐにオレを見ていた。 「そ!それは……さっき、わかったから」 なんか、なに、ワタワタしてんの、オレ。 「しかし、余の言い方が、悪かった。そなたに誤解をさせて、傷付けた。……許せ」 「……ぶはっ!」 『許せ』だって。謝るのも上からか!そう思って吹き出した。 昨日、母様からこいつの育てられ方を聞いてなかったら、またオレ、高飛車だ!とか言って、怒っていたかもしれない。 「なんだ?」 「ううん。……いいよ。許してやる」 「生意気な」 「あの、さ。オレのことも……許して、くれた?」 「もとより、余はすでに、そなたを怒ってなどおらぬ」 いつもはマネキンみたいな『鎧鏡くん』が、オレに向かって、ふっと笑った。 その瞬間、心臓が、どくんと、大きく跳ねた。

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