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若様観察日記③

教室に戻りながら、『鎧鏡くん』は、昨日あの後のことを、教えてくれた。 オレが『無能』って言って走り去った後、こいつは、オレを、"手打ちにしてやる!"くらいに、思ったらしい。 こわっ! でも、ふっきーがすぐにその場に来て、止めてくれたんだって。 その後、鎧鏡家の仕事をしてからうちに帰ったら、すでに母様が部屋で待っていたそうで。 散々母様から愚痴を聞かされたと、ため息をついた。 こいつは、オレを役立たずなんて言ったつもりはなく、オレが勘違いしているだけだと母様に言うと、母様からは、千代の話し方が悪い!と、一喝されたんだって。 笑っちゃいけないけど、ウケる!この、いつもふんぞり返っているような、殿様らしい殿様のこいつが、母様に怒られている図……とか。 母様!本当に、ありがとうございます! さすが、父上が心酔しているお館様の御台所様だよ! オレ!御台様には、絶対に忠義を尽くします!父上! そんな誤解が解けたことで、教室に戻ってからも、声を潜めて、"鎧鏡くん"と色々な話をした。 こいつの常識はおかしいと思ってきたけど、話の端々で、やっぱり色々おかしいと思った。 こいつは、鎧鏡の殿様らしく育てられてきてて、オレは、ごく一般的に育てられてきた。 話が通じないことがあって、当然なんだろうなって思う。 そんな"前提"を知っているだけで、今までとは、こいつに対する気持ちが、全然違っていた。 オレがおかしいって思うように、こいつからしたら、オレのこと『は?』って思うこともあるみたいだし。お互い様なんだなって。   「余がおかしいと思うたら、昨日のように申せ。そなたがわかるまで、説明してくれよう」 「ぷはっ!うん。じゃあ、お前も言って」 「先程も言うたが、『お前』ではない」 「はいはい。鎧鏡くんね」 「いや……(すめらぎ)で良い」 「えっ?」 「曲輪と学校での、呼び方が違うゆえ、呼びづらいのであろう。どこでも皇で良い。余が許す」 「はぁ」 いや。曲輪と学校での呼び方が違うから、呼びづらいってワケじゃなかったんだけど。 なんていうか……こいつに『許す』って言われると、何でも大丈夫な気になるから、不思議だ。 本当に、当主としては、申し分ない人材、なんだろうなぁ。 「しかし、家臣の前では、駒の言う通りに致せ」 「は?」 「そなた、御台殿のことも『母様』だなどと呼びおって。それも、家臣の前では、駒の指示に従え。良いな?」 「どうして?」 「死にたくなければ、そう致せ」 「え?……わかった」 それ以上、何にも聞かなかったけど……呼び方一つで、生きるか死ぬかな話なわけ? だったらずっと『若様』って呼んでいたほうが、安全なんじゃないの?オレが。 ま、学校で若様、は、おかしいか。 昨日、母様から聞かされた、お館様の話もあるし、意外なところから、意外なことにならないようにってこと、なのかな? 「そなた、シロを預かったそうだな?」 「あ、うん」 「そなたの部屋におるのか?」 「いるよ。たいがい寝てる」 「そうか」 あんまり表情は変わってないけど、すごい……嬉しそうな顔してる、気がする。 「ニヤニヤしてる?」 「ニヤニヤ?しておらぬ」 「してるよね?」 「……シロには、そうそう会えなかったのだ。シロは、たいがい三の丸におったゆえ。これから、梓の丸に行けば、シロに会えるということだな」 「え?うん。うちにいるけど」 「そうか」 そう言って、"皇"は、今度はわかりやすく、にっこり、笑った。 ……心臓がまた、大きく跳ねた。

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