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若様観察日記⑥

「……や」 「急がぬ。余も、急がぬゆえ……」 そう言いながら、皇は、またオレにキスをした。 オレは、我慢出来ずに、ボロボロ泣いていた。 「そなた……そこまで余を……嫌悪するか」 「ちが!違うよ。……違う」 皇の手に、包まれたままの頬が、熱い。 皇の目が、悲しそうに、オレを見下ろしていた。 嫌だから、泣いたんじゃない。 オレは……こいつに、役立たずって思われてるって、今朝まで思ってて。それでもいい!なんて思ってたつもりだったけど、実はすごく……落ち込んでいて。 オレは……人に嫌われるってことに、とにかく慣れていなくて……だから、すごく……怖かったんだ。 こいつに、嫌われてるって思うのが、すごく……怖かった。 最初は、奥方にならないように、こいつに嫌われようと思ってたくせに。 いざ、本当に嫌われてるって思ったら、怖くて……胸がずっとざわざわしてた。 でも、それはオレの、勝手な勘違いで、こいつは全然、オレのこと、怒ってないって、わかって。 それだけでも、すごく、安心してたんだ。 なのに、それに加えて、今の話……。 一番最初のお渡りの時なんか、全然オレの話を聞いてくれなかったこいつが、鎧鏡を知らずに育ってきたオレのこと、わかろうとしてくれてるって、こと、でしょう? 怒ってないどころか、こいつは、オレのこと、わかろうとしてくれてる……。 それが、嬉しかったんだ。 自分でも、泣くほどかよって、思うけど。 「怖いのか?」 「怖くなんか、ない」 さっきまでは……怖かった、けど。今は、違う。 「では、なぜ泣く?」 「お前にはわかんないよ」 「なに?」 きっと、オレがどうして泣いているのか、こいつには、絶対わかんない。 オレだって、泣いてる理由は、うまく説明出来ないし。 「全部分かり合えるヤツなんか、いないよ。だから、別に……」 そう言いかけたところで、皇が、オレをギュウっと抱きしめた。 「っ?!」 「余は……」 「……な、に?」 皇の腕の中で、これでもかってくらい……ドキドキしていた。 皇が、オレの顎を掴んで、オレの顔を上げさせた。 皇は、そっとオレの頬を撫でると、また、唇を……重ねた。 さっきよりも、しっかり、と。 オレの体は、反射的に、ブルリと震えた。 「やはり、怖いのであろう?」 「べっ!別に!怖くなんか……」 「それならよいが……この程度で震えておっては、夜伽の実践教育を受けさせられる」 「は?!」 よとぎのじっせんきょういく? って……なにっ?! 「え?ちょっ!なに、それ?!」 「そんなことには、したくない」 「オレだって、したくないよ!お前、若様なんだから、そんなのいくらでも止められるだろ!」 「夜伽の実践教育が嫌なのであれば、少しずつで良い、余のすることに、慣れていけ」 皇の顔が、オレの前で、ほんの少し傾いた。 ロウソクの灯りだけになっているオレの部屋は、薄暗くて……。 また、唇を重ねてきた皇の背中で、一つに重なる影が、ゆらゆら揺れていた。 その後……ふわりと抱きしめてきた腕の中で、オレ、あんなに嫌がってたくせに……なんか、じっとしちゃってて。 夜伽なんかしないって、言ってやるつもりだったのに……。 これは!こいつのすることに慣れていかなきゃ、夜伽の実践教育なるものを受けさせられるって言うから、大人しくしてやってるだけ……だし。 そんな風に思うのに、ものすごく、顔が熱い。鏡を見なくたって、真っ赤なのがわかる。 なに、照れてんだよ。 男同士だってば!男同士! だって……なに普通に、抱きしめられちゃってんの、オレ。 男にこんな風に、優しく扱われたことなんか、ない。いや、女子にもないけど。 どうしたらいいのか……"正解"が、わからない。 「明日も早い。もう休むか」 「あ、うん」 皇の腕から解放されても、まだドキドキしていた。 すでに、でんとシロが寝そべっているベッドに、シロを真ん中にして、皇と二人、布団に潜り込んだ。 シロが、オレに擦り寄ってくる。 「シロは、そなたの犬になりおったか」 皇がそう言って、ふっと笑った。 「たまには貸してあげてもいいよ」 「真、そなたは、生意気だ」 母様が言っていた通り、皇は、こんな風に笑っているのが、本来の姿なのかもしれない。 夜伽なんかしない!って、言おうと思っていたのに……結局、言えなかった。 今夜はとりあえずしないみたいだから、いい、けど。 そのうち、隣から、すうすう寝息が聞こえてきた。 皇、学校が終わると、鎧鏡の仕事をしてるって言ってたっけ。……疲れてるのかな。 手を伸ばして、皇の布団をかけ直した。 こいつは……この肩に、何万っていう家臣の重みを、感じてるの? さっき、あげはに言われた言葉で、オレにも、その家臣の重みっていうのが、ほんの少しだけど、わかった気がした。 母様の言ってた、『一人の人を幸せにすればいい』ってこと、こいつ、わかってるのかな? 「……」 皇は、誰を幸せにしたいって、思うんだろう? 

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