５月２２日　晴れ 　 今日は、体育祭のお疲れ休みです。 　 なんで今日？昨日は後片付けがあるからって理由で学校に行かされ、何故か今日が、一昨日の体育祭のお疲れ休みになっていた。 「雨花様」 朝、いちいさんの声で、目が覚めた。いちいさんは、いつもたいがい６時半に起こしに来てくれる。 「あ」 隣に寝ていたはずの皇が、もうそこにはいなかった。 「若様でしたら、つい先程出て行かれました」 「あ、はぁ」 なんかっ！照れるんですけど！ あの！誓ってヤってません！ヤってませんから！って、言い訳したくなって、言葉を飲み込んだ。 だって、いちいさんはじめ、側仕えのみなさんは、オレがあいつとヤってたほうが、喜ぶんだろうし……。 「二位(ふたみ)が、昨夜から張り切って、今朝の献立を考えておりました。雨花様、お体の具合はいかがですか？」 「え？え、えっと！え、だ、だ！大丈夫……です」 みなさんの優しさが、ツライです！いちいさん！ 「そうですか。でも、ご無理なさらないでくださいね。……雨花様」 いちいさんが、何だか、涙ぐんでいる。 え？！ 「はい！え？どうしたんですか？いちいさん？」 「いえ……嬉しいのでございます。若様のお渡りがなかった今までの、雨花様の辛さを思うと、胸が張り裂けそうでございました。若様のお渡りがあって、本当に良かったですね。雨花様の側仕え一同、心よりお喜び申しあげます。今日は学校もお休みですし、ごゆっくり寝ていらしても、大丈夫でございますよ？」 う……お喜び申し上げないでください！めちゃくちゃつらいです！いちいさん！ オレ……みなさんの中で、確実にあいつとヤったことになってるんですか？うう……。オレの中の、何かが終わった気分です。 「いえ。シロの散歩に行くので」 「ご朝食を先に召し上がりますか？」 「あ、いいえ。あの！先に、シロの散歩に、行ってきます！」 今、さらなるお祝いムードに包まれながらなんて、ご飯が喉を通っていく気がしない。 　 「三位(さんみ)から聞きましたが、散歩は、本当にお一人で大丈夫ですか？」 「あ、はい。大丈夫です」 「シロがいれば大丈夫でしょうが、くれぐれもお気をつけください」 「はい。ありがとうございます」 シロは、オレ以外の人がいると、うんちをしないんだってことがわかったんだよね。 だから、今日からシロの散歩には、一人で行きたいと、夕べ、さんみさんに言っておいたんだ。 オレは、シロにリードを付けて、外に出た。 梓の丸を出て少し歩くと、道が左右に分かれている。右側に行くと、梅ちゃんが住んでいる樺の丸に続く道。左側は、舗装されていない、土の道が、三の丸まで続いていた。 三の丸に向かってすこし歩くと、門番さんがいる小さな門がある。 「おはようございます」 「あ！おはようございます！雨花様！」 門番さんは、数少ない、奥方候補を堂々と見ても怒られない仕事の一つだ。 オレは、自分の住んでいる区画以外、そうそう入らないように駒様から言われている。 でも、シロの散歩の時だけ、三の丸のほうにだったら行ってもいいと言われていた。 シロって、人に向かってすぐにうなっちゃうから、シロに慣れてる人が多い、三の丸だけにしろってこと、なのかな。 三の丸に入ると、すごくキレイな庭が、ずっと続いていた。 芝生がキレイに刈り込まれていて、色とりどりの花が咲いている。 花を見ながら歩いていると、庭の奥の方で、何か作業をしている人が見えた。 あれ？あれって……。 「あ！」 「ん？あ！」 皇の誕生日に、オレが開けたドアで、おでこをぶつけてしまった庭師さんだ！ 庭師さんがこちらに歩いて来たから、うなりそうなシロを後ろに……いや、隠しきれてはないんだけど、隠した。 「お久しぶりです！おでこ、大丈夫でしたか？すごく、気になってました」 「あははっ。大丈夫でしたよ。奥方候補になったんですね」 「あ、はぁ……」 「どうしました？」 『奥方候補』とか言われて、何だかしゅんとしてしまった。 「あ、いえ」 いくら何でも、庭師さんに、しゅんとした理由は話せない。 候補だ夜伽だなんて言ったって、皇とヤってもいないのに、側仕えさんたちを喜ばせちゃって……。罪悪感で胸が苦しいんです！なんて。 「話せば、楽になりますよ？私は、いつも花に話しかけるんです」 「あ！ここのお庭も……えっと……」 名前を知らなくて、呼べないオレに、庭師さんはニッコリ笑って、『"わん"と呼んでください』と、言った。 ワンさん、か。中国系の人、なのかな。 「あ、じゃあ。ここのお庭も、ワンさんが手入れなさってるんですか？」 そう聞くと、ワンさんはフフッと笑った。 うん。やっぱりかっこいいおじさんだよね、ワンさんて。 「はい。それにしても雨花様は、こんな庭師にも、丁寧に話すんですね」 「え？」 あれ？オレ、名前……言ったっけ？