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慣れる?②
「オレの名前……」
あ、知ってても、不思議じゃないか。この曲輪の庭師さんなら。
「ああ、この三の丸でも有名ですからね、雨花様は」
ワンさんが、小さくくすっと笑った。
「え?」
有名って、どうして?自分で言うのも何だけど、オレが嬉しがるような理由ではないと思う。
「あの……ワンさんは、三の丸の庭師さんなんですか?」
三の丸で有名なのを知ってるってことは、三の丸の人、なんだよね?
ここの使用人さんたちは、区画ごとに持ち場が決まっているらしい。
あの日は本丸にいたから、ワンさんは、本丸の庭師さんなのかと思っていた。
「え?あ、あぁ、そうですね。主に三の丸が担当です」
「そうなんですか。あの!じゃあ、御台様とか、お会いしたことありますか?」
「え?」
「え?あ、ないですか?あ!もしかして、怖いとか、そんな噂を聞いていたりしますか?でも、全然そんなことなくって、すごくステキな方でした!」
ちょっと自慢したくなって、そんな話をすると、ワンさんは、ふふっと笑った。
「私もお会いしたことがあります。素敵な人ですよね」
「やっぱり!ワンさんもそう思いますか?」
うわあ!なんか、嬉しい!母様のこと怖いって言わない人に、初めて会った気がする!
「はい」
「あ、じゃあ、ワンさんは、お館様ともお会いしたこと、ありますか?」
「え?あ、ええ、はい」
「そうなんですかぁ……」
ため息が出た。オレは、まだ一度もお目通りを許されてないのになぁ。
「どうしました?」
「オレ……まだ一度も、お館様とお会いしたことがないんです。候補とか言っても、お館様にお目通りも許されてないし……鎧鏡家の行事にも、参加することすら許されてなくって。あ、ほら。あの、月に一回くらい、なんかやってるじゃないですか?」
「ああ、年中行事、ですね?」
「そうです!それです!」
「出られないんですか?」
「はい。まだ出たらいけませんって駒様が。あ!駒様もご存知……ですよね?ワンさん、怒られたことありますか?」
ワンさんは、おかしそうに笑った。
「ええ、私もよく怒られますよ」
「うわ!やっぱり!駒様のほうが、御台様よりよっぽど怖いですよね」
それからしばらく、ワンさんと、この鎧鏡家の人たちの話をした。
ワンさんの携帯が鳴ったから別れてきたけど、あれ、携帯がならなかったら、もっと話し込んでいたかも。
だってワンさんって、あげはとはまた違った感じで、この鎧鏡家のことに詳しくて、すごく話が面白かったんだ。
側仕えさんたちにしたように、ワンさんのことを紹介してから、大人しく待ってくれていたシロを連れて、ワンさんオススメの道を歩き出した。
ワンさんが教えてくれたのは、三の丸の周りを、ぐるりと囲むようにある遊歩道だ。
遊歩道のすぐ脇は、すぐに深そうな森になっている。
っていうか、ここのうち、どれだけ広いんだろ?
しばらく歩くと、遠くに小さな屋根が見えてきた。このうちの庭には、いたるところに、"東屋"が建てられているらしい。
東屋に近づくと、そこに知った背中が見えてきた。
「あ!母様!」
「え?ああ!青葉、おはよう」
母様は、東屋で何やら色々な葉っぱを広げていた。
とにかく、ちょうどいいところで会えた!母様には、すぐに謝りたかったんだ。
「あの!本当にごめんなさい!」
一昨日、母様を散々悲しませてしまった皇の話は、結局オレの勘違いだったわけで……。
ああ、本当に申し訳なくて仕方ない。
でも、謝ったオレに母様は『青葉は悪くないよ。千代の言い方が悪いんだ。なんでわざわざ変に回りくどい言い方するんだろうね?あの子は。ホントごめんね』と、また謝られてしまった。
うおおおおお!
母様って、本当に、めちゃくちゃいい人だ!
「そうだ!交換日記!あれ、書いたらどうしたらいいんですか?ここに持ってきたらいいですか?」
「ああ、そうだよね。うーん、他の側仕えたちに見つかると、何かと厄介だから……そうだ!ぼたんに頼んでくれるかな?」
「え?ぼたんに?」
「そう。ぼたんだけに頼んで。他のみんなには内緒ね」
「あ、はい」
なんで、ぼたん?
「ん?なに?」
「あ……なんで、ぼたんなんですか?」
「ああ。もともとぼたんは、この三の丸にいたんだよ」
「え?そうなんですか?」
「うん。ぼたんは、口が堅いからね」
「あ、堅いっていうか、無口ですよね」
「ああ、まあそうなっちゃうかもね」
それから母様と、昨日の皇の話だとか、シロの話だとかをしていると、オレの携帯が鳴った。いちいさんからだ。
『小姓の二人が待っていますが、朝ご飯はどうしますか?』って。
携帯の時計を見たら、梓の丸を出てから、もう1時間近くたってるじゃん!うわ!
『すぐ戻ります!』と言って電話を切ると、母様が、『急いでいるならシロに乗って帰るといいよ?』と言って、ニッコリ笑った。
……。
……。
はいぃぃ?
え?いくら大きいとはいえ、犬に乗るって無理でしょ?
いや、最初、シロを見たとき、乗れるとか思ったけど!
オレ、男としては軽いかもしれないけど、50キロ近くはあるよ?
「え?犬、ですよね?シロって。」
何だか、基本的なとこから、疑わしくなってきた。
だって、どう見てもこの大きさ、犬にしたら異常だし。見た目は、白い犬だけど。
皇に、シロの種類を聞いた時、『こまいぬ』って言ってたけど……こまいぬって、犬の種類ってわけじゃないの?
「ん?犬?うーん……犬?改めてそう言われると、犬?なのかな?」
ええ?!犬じゃないの?じゃあなんなの?
いやいや!それより、早く帰らなくちゃ!
まだ頭をひねっている母様に手を振って、オレは、シロのリードを引っ張って走り出した。
だって母様、乗れって言ったって……見た目はホントに大きいけど、シロは犬でしょ?いくら大きいって言ったって、犬には、乗れないでしょう?
走りながら、チラリと隣のシロを見ると、バチッと目が合った。
シロは、急にオレの前に立ちはだかると、頭をオレの腹にこすりつけた。
何?何?と思ったら、オレの体は、シロの頭で持ち上げられて、宙に飛ばされた。
「うえぇぇぇぇぇっ!」
ぎゃあ!なにぃ?!シロ!落ちるうう!……と思って、とっさに何かに掴まった。
だけど、いつまでも落ちない。なんか、ふわんって……。
ふっと目を開けると、オレが掴まっているのは、シロのふっさふさの毛だった。
えええええ?!オレ、シロの背中に乗っちゃってる!うっそ!
うわ、うわ!ぎゃあ!景色が溶けちゃたみたいに流れてる!
オレは怖くなって、また目をつぶり、シロにしがみついた。
なんなの?!と、オレがワタワタしている間に、シロがゆっくり伏せの体制になったのがわかった。
え?止まった?
そうっと片目を開けてみると、そこは梓の丸の庭だった。
うっそ!あっという間に着いちゃってる!
え?途中の門とか……どうやって抜けたの?
すご!え?すごいんだけど。なにこれ?え?現実?
っていうか、シロって、散歩とかいらないんじゃないの?
いや、今そこは、問題じゃないっていうか……うっわああ!もう、わけわかんない!
「……ありがとう、シロ」
わけはわからないけど、とにかく、こんなに早く着けたんだし。
お礼を言いながら、シロの大きな頭を撫でると、フーっと大きな鼻息をかけられた。
すっごくあり得ないことが起こったんだと、思うんだけど。
なんていうかオレ……この鎧鏡家なら、こんな犬がいてもおかしくないかも、とか思っちゃってる。
ナニモノなの?シロってば。
……。
……。
考えても仕方ないことは、深く考えても無駄だ!うん。
オレは、梓の丸の屋敷に、急いで入って、シロを部屋に戻してから、食堂で待ってくれていたあげはとぼたんに謝ってから、一緒のテーブルについた。
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