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お誘い⑤
「参りましょう、雨花様!」
オレを守るように立っていたいちいさんが、樺の一位さんに返事もしないで、オレのほうを振り返った。
オレが小さく頷くと、いちいさんも頷いて、歩き始めた。
「帰りは、松の丸を通られよ!松の一位殿なら、あなたがたを喜んで通してくださるでしょう?あの方は、あなたを溺愛していらっしゃるようですからね?辺境の一位殿」
いちいさんは、そんな樺の一位さんの声なんか聞こえなかったみたいに、何の返事もせず、急ぐことなく樺の丸を過ぎた。
「申し訳ございません、雨花様。あのような戯言をお聞かせして」
樺の丸の区画を抜けると、急にいちいさんは、廊下でオレに土下座した。
「そんな!いちいさんが謝ることじゃ……オレのせいで……」
オレのせいで、いちいさんが、バカにされたんじゃないか!謝るのは、オレのほうだ!
「違います!雨花様のせいではございません。私の、せいなのです。昔から、樺の一位とは、色々と確執があり……本当に、雨花様のせいではないのです。本当に、大変失礼なことを……申し訳ございませんでした。雨花様」
『御台様のお気に入り』『落ちぶれた』そんな、あの人の言葉が、耳の奥にずっと残ってる。
いちいさんは、オレの側仕えにならなければ、あんなことを言われなくて済んだのに。
オレの側仕えさんたちは、オレの側仕えってだけで、みんな、あんな風にバカにされてるの?
胸が、ざわざわし始めた。
そうだ。
前に、あげはも同じようなことを言われたって、言ってたじゃないか。
『雨花様付きなんて可愛そうだね』って……。
悔しい……すごい……悔しいよ。
「本当に、申し訳ございません、雨花様。本当に……」
「それ以上、謝らないでください!」
「雨花様……」
「謝らないで……っく……」
悔しくて、悔しくて……涙が出た。
オレの側仕えになったせいで、うちのみんなが、バカにされてるなんて!
「雨花様……どうなされましたか?」
「だって!オレのせいで……側仕えさんたちが、バカにされてるなんて!」
「雨花様……今から私がする非礼を、どうかお許し下さい」
いちいさんはそう言うと、立ち上がって、オレを抱きしめた。
「っ?!」
「本当に、雨花様は……本当に、先程のことは、雨花様のせいではございません」
「だって!あげはだって、オレの側仕えなんて可愛そうって言われたって、言ってたじゃないですか!」
「雨花様。その後の、あげはの言葉をお忘れですか?」
「え?」
「あげはは、確かこう申しておりました。『私は雨花様についていて本当に良かったと思っています』。そうじゃありませんでしたか?」
「でも!」
本当にそう思ってくれているとしても、みんなが、オレのせいでバカにされてるのは、事実なんでしょう?
オレに、何が出来る?
……そうだ!
「みんなが、別のところに行きたいなら、頼んでみます!松の丸でも、樺の丸でも、本丸でも!あ。いちいさんも、三の丸に帰りたいなら……」
『御台様に頼んでみます』と言おうと思ったオレの言葉を遮って、いちいさんは、怒った声で『雨花様!』と、オレを呼んだ。
「それは……雨花様の側仕えは、私たちでは勤まらない、と、言うことですか?」
「そんな!違います!」
そんなわけない!
「だったら……どうかそんなことはおっしゃらず、雨花様のお側に、置いていただけませんか」
「いちいさん……」
「どうか、許される限り……」
「いちいさん……」
「雨花様の側仕えはみな、雨花様のことが好きなのです」
「……」
「雨花様のお優しいところ。雨花様のまっすぐなところ。雨花様の一生懸命なところ。雨花様の純真なところ。雨花様の大らかなところ。確かに、最初は驚くこともありました。候補様らしからぬ態度で、私たち側仕えに接するところも、上に立つお方として、どうかと思ったこともございます。けれど、雨花様にはそれ以上に、人を惹きつける魅力がおありです。私たち側仕えは、みな、雨花様が好きなのですよ」
「いち、い、さん……」
いちいさんにしがみついて、わんわん泣いた。
「ご自分を責めたりなさらないで下さい。責めることなどないんです」
「ふっ、っぇ……ありがとう、ございます」
本当に、ありがとうございます。
「ああ、ほら。泣いていては、いつまでも本丸に着きませんよ?」
そう言ったいちいさんも、目にいっぱい涙をためていた。
本当に、ありがとうございます、いちいさん。
オレ……候補らしくない候補なのに、こんなに良くしてもらって……。
それなのに……オレが、皇の奥方様になって、みんなを喜ばせるなんてことは、出来そうにない。
胸が、痛い。
それ以外で、みんなに喜んでもらえるようなことが、オレに、出来たらいいのに。
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