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お誘い⑦
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「あ!母様!」
「ああ、青葉。散歩?」
この三の丸の遊歩道は、ワンさんに教えてもらってから、シロの散歩コースの定番になっている。
ここを散歩していると、こんな風に、東屋で葉っぱを広げてる母様とか、庭の手入れをしているワンさんに、ちょくちょく会えるし。
本当は、母様とは、舞の稽古の時くらいしか、お話したらいけないみたいなんだよね。
ましてや、庭師さんのワンさんと、親しげに話しているのを、駒様なんかに見つかったら、絶対怒られちゃうと思う。
『下々の者と親しげにしてはいけません!』って、すぐ言うんだから。
「今日は、遅いんだね?」
「あ。はい」
「シロ」
母様に呼ばれたシロが、母様の足元に、のっそり歩いて行った。母様に耳の後ろを撫でられて、気持ちいいみたい。大きな鼻息を『ふーっ』と出した。
今日は、長い一日だった。
母様に、今日は本丸に行って、その後、英語の勉強をしていて、散歩が遅くなったのだと話した。
「本丸に?」
「はい」
結局……あの後駒様は、『今から若様にお伺いに参りますか?』って言ってくれたんだけど、『いえ!忙しそうだし、また今度にします』って言って、生徒会の話を皇にしないまま、すごすごと梓の丸に帰って来たんだ。
もちろん、遠回りだったけど、帰りは松の丸の廊下を通って。
なんか……。
聞きづらかったんだ。皇に。生徒会のこと。
なんでか、自分でも理由はよくわからないけど。
だって、なんであいつに、わざわざ生徒会に入っていいかどうかなんて、お伺いを立てなくちゃいけないんだよ!とも、思ったし。
『候補様は、若様のもの』
そんな駒様の言葉が、頭に浮かんだ。
皇も、『候補は余のもの』とか、言ってたし。
あ。……なんか、ムカつく。
オレは、何をするのも、皇に許してもらわないと出来ないのかよ。
まぁ、思えば……実家にいる時から、オレには、最終的な決定権がなかった気もするけど。
「本丸に行くなんて、どうしたの?」
「あの……」
母様に、田頭から生徒会に誘われたんだって話をした。
オレは、部活禁止って言われてて、でも、生徒会なら入っていいか、本丸まで聞きに行ったんだって。
何だか、生徒会に入っていいですか?なんて、皇に聞きづらくって、聞けないまま、すごすご帰ってきたんだって、そこまで母様に、洗いざらい話した。
だって母様って、どこまでも話を聞いてもらいたくなっちゃう人なんだ。
こういう人を、『聞き上手』って言うんだろうなぁ。
この母様の、どこが怖いんだろ?ホント、不思議。
「え?そうなの?」
「はい。なんで聞きづらいのか、自分でも、よく、わからないんですけど」
「あ。ううん。そっちじゃなくて」
「え?」
「千代が、青葉に部活禁止って言ったの?」
「え?あ、はい。皇から直接言われたわけじゃないんですけど、駒様経由で……部活禁止って決めたのは皇だって」
「へぇ……意外。千代ってそんな子だったんだ?ビックリ!」
母様は、どう見ても『ビックリ』っていうより、『ニッコリ』って顔をして、東屋のテーブルに置かれた葉っぱをつまむと、くんっと香りを確かめるような動作をした。
「薬草……ですか?」
「うん。薬草?ハーブ?王羽 が、育ててくれててね」
「ええ?!お館様が?」
「そう。ほら、あの人"昼行灯"だから」
そう言って、母様が、くすくす笑った。
「ハーブティーにもするけど、薬としても使えるし」
「へぇ……母様は、薬草にも詳しいんですね?」
「まぁ一応、本業だからね」
「え?」
本業?
「ん?そう。医者。あれ?知らない?」
「……」
医者……。
駒様!そんな基本情報、どうして教えてくれないんですか!?
この母様が、お医者さん?!
どうりで聞き上手なはずだよね。
なんか、納得!
駒様って、本当に基本情報は教えてくれないことが多いんだよ。
どれもこれも『知ってて当たり前』なこと、なんだろうけどさ。
はぁ……。
そんな基本的なことも、オレは何にも知らないんだ。
「ごめんなさい。知りませんでした」
「え?何謝ってるの?私が言わないでいたから、ごめんね」
「いえ!だって……」
オレが、知ろうとしてなかったんじゃん。
ああ、ホント。こんなんで候補なんて、樺の丸の一位さんじゃなくたって、バカにしたくもなるよね。
はぁ……。
母様は、『しらつき病院』の理事長先生なんだって教えてくれた。
すごっ!しらつき病院って、大病院だよ!
三の丸は、病院なみの施設が整っていて、鎧鏡家の使用人さん専用の病院になっているってことも教えてくれた。
そう言えば、三の丸に入った時、薬草の香りがしてたっけ。
だからあんなに大きいんだ。
ホント、びっくり!
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