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ふうふう②
その日、夜の10時を過ぎても、皇の渡りは伝えられなかった。
株主総会に出てるって、ふっきーが言ってたし、忙しいんだろうな。
今日はもう来ないだろうと、ベッドに入って携帯をいじっていると、11時近くになって、部屋のドアがノックされた。
外から、『雨花様!』と、小さな声で、何度もオレを呼ぶ声がする。
この声、むつみさん?どうしたんだろう?
「どうし……」
急いでドアを開けると、そこに、むつみさんと一緒に、皇が立っていた。
「え?!何してんの?」
こんなふうにふらっと、皇がこの部屋に来るなんて初めてで、驚いた。
「あ?行くと言うたであろう?」
皇が、ズカズカ部屋に入ってきた。
「駒様は?」
「駒には伝えず参った」
え?いいの?
「若様、雨花様の準備が何も……」
「いらぬ。去ね」
「はっ!」
むつみさんが、オレにウインクしながら、出て行った。
むつみさんって、皇の前でも、チャラいお兄ちゃん風は、変わらないんだね。
「来ないと思ってた」
あ、いや!別に拗ねてるわけじゃなくて!
って!なんで自分に言い訳してんの!オレ!
「ああ、この時期、四半期決算やら、株主総会やらが重なって、忙しい。今夜も、総会後のパーティーに出席して、遅くなった」
皇は、床に寝そべるシロの背中を撫でると、ほんの少し目をつぶって、シロにギュッと抱きついた。
「……寝てないの?」
何だか、すごく眠そう。
こんな皇、初めて見た。
「2、3時間は、寝ておる」
2、3時間しか寝られない皇に、オレのくだらない話とか、聞かせてもいいのかな。
「雨花」
皇が、スっと立って、オレの前に歩いて来た。
目の前まで来た皇に、手を引かれた。
「あ……」
すごく……軽く、触れるだけの、キス。
今はもう、こんな風に、皇に触れられても、そんな怖いとか、思わなくなってる。
皇は、オレが慣れるまで待つって、言ってたし。
……って、慣れるまで待つって、慣れたらどうだって言うんだよ?!
「話は?なんだ?」
「あ……すっごい、くだらないんだけど……」
「申せ」
「あの、さ」
「……」
「あの……田頭に、生徒会に入って欲しいって、誘われたんだ」
「入りたいのか?」
「……うん」
皇が、オレをギュウッと抱きしめた。
「痛っ!」
まただ……なんで、泣きたくなるんだよ!
「部活は禁止だと、言うたはず」
「どうしてダメなんだよ」
「……理由などいらぬ」
「は?」
なに?それ!
「如何にしても、生徒会に入りたいのか?」
「生徒会にって言うか……みんなと、もっと仲良くなりたいって、思って。そのほうが、学校に行くのも、楽しいだろうし」
「ここにおるだけでは、満足せぬか」
皇に、またギュウっと抱きしめられた。
「……え?」
皇の顔が近付いて来たから、当たり前のように、目をつぶった。
……。
だけど、いつまでたっても、皇は、キスしてこない。
そっと目を開くと、皇が笑っていた。
「な!」
なに、こいつ!
っていうか!キスされるとか、普通に思っちゃってたオレがヤダし!
皇は鼻で笑うと、今度こそ、キスしてきた。
掴まれた顎は、皇の思い通りで……どうするのがいいか確かめるみたいに、色んな角度で、唇を合わせてくる。
こんなに長く、キスされたの、初めてだ。
息が苦しくなって、皇の腕をギュッと掴むと、皇はオレの口の中に、舌を差し込んできた。
「んっ!?」
びくりと体を震わせると、皇が体を離した。
「……」
なんで?
なに、これ?
心臓……痛い。
すっごい、痛い。
また、泣きたくなって……でも、泣きたくない。
皇に、冷たくされるの……嫌、なんだ。
今は、キスされるより、そっちのほうが……怖い。
「やりたければ、やれば良い」
「え?!」
「だが、そなたが、うつつを抜かすようであれば……」
「手打ちだろ?」
先に言ってやった。
「いや。手打ちにはせぬ」
「え?」
まさか、打ち首?
「夜伽を命じる」
「……うえ?!」
なにそれっ?!え?なんか、それ、おかしくない?
「それほど嫌か?」
皇が、ふっと笑った。
「だ、だって!よく考えてもみろ!男が男に……その……とにかく!機能的に、そんな風になってないんだよっ!」
「ああ、まぁそうなのであろうな」
「お!お前は!気楽なもんだよなっ!」
突っ込むほうはさ!って、文句を言ってやろうかと思ったら、皇が、『話はそれだけか?』と言いながら、オレのベッドに横になった。
あ、そっか。皇、疲れてるんだった。
「あ、うん」
「今、見つかると面倒だ。頃合を見て戻る。少し寝て良いか?」
「あ、うん。許す」
なんてね。
皇は、またふっと笑った。
「生意気な。余にそのような物言いをするとは、そなたは闇討ちに遭うても、文句は言えぬな」
「え?!」
「……そんなことには、させぬがな」
皇はそれっきり、一言も話さず寝てしまった。
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