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ふうふう③
コンコンコンコン…という、けたたましいノックの音で、ふっと目が覚めた。
「ん……ん?」
いちいさん?……だったら、いつもはノックした後、普通に部屋に入ってくるはず。
誰?
まだ目が開かない。
起き上がろうと思ったら、動けない。え?うそ!金縛り?
何だか、後ろから、何かに覆われているみたいな……恐いよ!なに?
「……ぬおっ?!」
怖々首だけで振り向くと、オレのすぐ後ろで、皇がスースー寝ていた。
うえええええ?!
お前!頃合を見計らって、帰るって言ってなかった?
いや、そういうオレも、一緒に寝ちゃってたわけだけど!
皇が後ろから、オレをがっちりホールドしていて、動けない!
ちょおおおお!
「入りますよ?雨花様」
え?この声……駒様?まさか!なんで?
って言うか、待って!とりあえず、まだ入らないで!
「いや!ちょっ!まだ!」
『入らないでください』と、言う前に、ドアは開けられていた。
「うわぁ!」
ドアを開けたのは、やっぱり駒様だ。その後ろに、ニッコリしているいちいさんの顔が見えた。
ちょちょ……ちょっ!なんで、駒様が?!
「え?!あ、あの!」
焦ってもがいても、皇の腕がほどけない!
これはむしろ、金縛りのほうが良かったパターン!
「いや……オレ……」
駒様に、こんなところを見られるなんて……。
だって、駒様、こんなとこ見たら……イヤ、だよね?
「気になさる必要はありませんよ?雨花様。候補であれば、若様との夜伽は当然のもの。若様の上臈 として、お喜び申しあげます」
オレはまだ、何にも言っていないのに、駒様には、オレが気にしていることまで、お見通しなんだ。
オレのために、そんなこと、言ってくれるの?
上臈って、秘書とか執事みたいなものらしいから、こうして皇を迎えに来るのは、仕事のうちなんだろう。
でも、それが仕事だとしても、皇のことが好きなら、こんな場面を見るのは、絶対イヤなはずだ。
っていうか、まず、夜伽なんてしてないから!
「オレは、なんにも……」
「騒がしい」
「え?!皇?」
駒様に、『なんにもしていません』って、言おうとしたオレの言葉を遮って、皇の、機嫌の悪そうな声が、すぐ後ろから聞こえた。
え?いつの間に起きたの?いや、もっと早く起きておけっつーの!
「え?!」
いちいさんが、目を丸くしている。
え?なに?
「若様を、お名前で……」
いちいさんが、ポツリとつぶやいて、何だか感激している。
『お名前で』?って、何が?
……はぁぁぁぁっ!!
そうだ!
家臣さんたちの前では、『皇』なんて呼んじゃダメだって、言われてた!
オレ、今つい……呼ん、だ?
チラリと窺うと、駒様が、ものすごい、怖い、顔を、している。
ひいいいいい!
「あっ!いや、わ、若様!」
あ、う……手遅れ……ですか?
「皇でよい。良いな?駒」
ふわっと重みが消えたと思ったら、皇がベッドから降りながら、そう言った。
オレも急いでベッドから出て、駒様の前に、ピシッと立った。
この状況、何?辛い!辛過ぎるんですけど!
授業中、立たされたことないけど、きっとこんな気分だと思う。
「梓の丸の中だけです。良いですね?ついうっかりは、なりませんよ?雨花様」
「はいっ!スイマセン!」
っていうか……本当に色々、スイマセン。
「梓の一位殿、この件につきましては、他言無用です。他の側仕えにも、徹底してください。いいですね?」
「承知いたしました」
『他言無用』って……皇を皇って呼ぶことが、そんなにスゴイことなの?
「若様。私になんの連絡もなく、候補様のもとに渡るなど、絶対にあってはならないことです」
「わかっておる。急ぎであったゆえ」
「言い訳は聞きません。本丸が、どれだけの騒ぎになるとお思いですか?」
「え?騒ぎって……」
「雨花様は、黙っていらしてください!」
駒様が、ピシャリとオレにそう言った。
怖いよー!
だけど、皇がここに来てくれたのは、オレが話があるって言ったからなんだ。
「違うんです!皇がここに来たのは……」
「黙っておれ」
皇は、言い訳しようとしたオレの前にスっと立つと、駒様に向かって『もうせぬ』と、言った。
なんだよ!威張っちゃってさ!
オレ……お前のこと、庇おうと思ったのに……。
「本丸に戻っている時間がありません。若様には、こちらでお支度していただきます」
「え?」
駒様は、どこかに電話をかけ始めた。
目の前に立っている皇をふと見上げると、オレを見下ろしていた皇と目が合った。
え?なに?
ふいっと、皇の顔が近付いてきたと思ったら、皇は、オレにしか聞こえないだろう小さい声で、囁いた。
「未だ夜伽をしていないなど、駒に申してみろ。そなたは、夜伽の実践教育を受けさせられることになるぞ」
「じっ?!」
ひいいいいい?!
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