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ふうふう④

駒様が電話を切ると、すぐにオレは、白いベールをかぶせられた。 え?何? しばらくすると、部屋の外がガヤガヤし始めた。 駒様がパンパンっと手を叩くと、たくさんの人たちが、オレの部屋に、ドヤドヤ入って来た。 「へ?」 「おはようございます、若様。雨花様」 入って来た大勢の人たちが、一斉に頭を下げた。 「え、あ、おはようございます!」 オレがみんなにぺこりとお辞儀をすると、隣で皇が、ふっと鼻で笑った。 なに?そのせせら笑い!ムカつく! ……でも。 オレが、夜伽の実践教育を受けないでいいように、さっきからオレが、夜伽をしてないって駒様にぶっちゃけるのを、皇、止めてくれてた……ってこと、だよね?多分。 ……いいヤツなのは、わかってる。 わかってるよ。 でもだからって、皇と夜伽って……。 やっぱり、無理!   皇が、駒様と、キレイな湯殿(ゆどの)係の二人と一緒に、お風呂場に消えて行ったのを見送ると、すぐ隣で、いちいさんが深いため息をついた。 「え?いちいさん?」 もしかして、いちいさん、皇がここにいることで、駒様に怒られたんじゃ……。 本丸は、皇がいないからって、騒ぎになってたみたいなこと、駒様、言ってたし! 「あ、失礼致しました。若様は、人前でそうそう感情を表には出さないお方です。それが、雨花様には、あのように笑いかけてくださるとは……本当に微笑ましいことでございます。はぁ……」 え?そっちの『はぁ』ですか? いやでも、いちいさん?どう見てもさっきのあれ、限りなくバカにしてる笑いでしたよ?   「あの……いちいさん、怒られたり、してませんか?駒様に」 皇がいないなんて、大変な騒ぎだよね?それが、ここにいたなんて……。 いちいさんは、梓の丸の最高責任者だし、そのことで、駒様に怒られてたら、どうしよう。 いちいさんは、皇がいたことだって、知らなかったのに。 だってオレ、皇が来たこと、いちいさんに話してないし。 皇、すぐ帰るみたいなこと言ってたし、駒様には内緒で来たって言うから、いちいさんにも言わないほうがいいのかなって……思ったんだ。 それが、こんな騒ぎになるなんて。 「怒られてなどおりません。大丈夫です。ありがとうございます」 「良かったぁ!あの……皇が来たこと、黙っててごめんなさい。本丸の皆さんにも、謝らないと」 「大丈夫ですよ、雨花様。夕べ、六位(むつみ)に聞いて、知っておりました」 「え?!」 そっか。むつみさんが、話しておいてくれたんだ。 いや逆に、何でも筒抜けってことなんだろうけど。 いや、隠すようなこと、してないし! 「雨花様は、細かいことなど気になさらずとも良いのです。昨夜のうちに、若様がこちらにいらしていることは、駒様に連絡を入れておきました。本丸は、騒ぎになどなっておりません。謝る必要はありませんよ」 「え?騒ぎになっていないんですか?」 「はい。ただ、私と駒様の計算違いがあっただけでございます。若様は、どこに渡られても、早朝までには必ず本丸にお帰りになられます。今朝もそうだろうと、思っておりましたが……ことのほか、よく眠れたご様子ですね」 「え?」 いちいさんは、ふふっと笑った。 「さ、雨花様もお支度なさいませんと」 「あ、はい」 ものすごく機嫌のいいいちいさんを見るのは、嬉しいんだけど……。 また何か、とんでもない勘違いをされている気がする。 ……あう。 オレが、制服に着替え終わったあたりで、皇もすっかり着替えまでして、オレの部屋に戻って来た。 皇の世話係さんたちが出て行くと、『もういいですよ』と言って、駒様が、オレのベールを取った。 「ご朝食も、こちらで済ませていただきます」 「良いのか?」 珍しく皇が驚いた顔をした。 え?驚くことなの? 「雨花様ですので、問題ありません」 雨花様ですのでって、何? 「そうか」 「準備は出来ております」 ふたみさんがそう言って、ダイニングに続く扉を開けた。テーブルに、二人分の朝食が用意されている。 「あれ?あげはとぼたんの分は?」 「若様と同席はさせられません。今朝は、別の部屋にて、食事をさせます」 「そうなんですか」 「小姓と朝餉(あさげ)をとっておるのか?」 「うん。皆で食べたほうが美味しいじゃん」 「そうか?」 「そうだよ。誰かと食べたほうが美味しいでしょ?」 「さあな。飯など、口に入れば良い」 「はぁ?ご飯食べてる時間、生きてる間にどんだけあると思ってんだよ?」 楽しい食卓とか、ないわけ?こいつには。 「あ?」 皇が顔をしかめたところで、駒様から、『お早く願います』という催促が入って、テーブルについた。 「本日は、雨花様を、お毒見役とさせていただきます」 「かしこまりました」 いちいさんが、ニコニコしながら、駒様の宣言に頷いた。 「……はいいい?」 どくみやくううう?

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