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ふうふう⑤

「雨花様。毒見役と申しましても、現在では、本当に毒見をするわけではございません。昔の名残で、若様の食事に同席させていただく者を、毒見役と称しているだけでございます」 いちいさんが、相変わらずニコニコしながら、教えてくれた。 「そうなんですか?はぁ、びっくりしました」 毒見だなんて……皇、誰かから狙われてるのかと思って、ドキドキしちゃったじゃん。 ドキドキって……何、皇の心配してんだよ、オレ。 いや!心配するのは、友達として当然じゃん!そうだよ! ……オレと皇って、友達?っていうの? 『あの二人も、付き合ってんじゃないのか?』 そんなカニちゃんの言葉と一緒に、楽しそうに話している皇とふっきーが、頭に浮かんだ。 いいじゃん!皇が、ふっきーと付き合ってたって。 別に、いいじゃん。二人が付き合ってれば、オレは、自由になるだけなんだから! 「雨花様はご存知ないようですが、本丸で若様がお食事なさる際には、家臣が交代で、同席させていただいております」 「あ、そうなんですか?」 駒様の、『雨花様はご存知ない』は、すでに聞き慣れた。 「ちょうど良い機会ですので、ご説明させていただきます。昔は、毒見役、護衛役として、家臣が交代で、若様のお食事に、同席させていただいておりました。もちろん現在は、毒見も護衛も、役割として必要ございません。現在、若様と家臣が食事を共にしておりますのは、主従の交流の場として、食事時が有効だからでございます。ですので、若様にお渡りいただいた際には、雨花様も、出来うる限り、若様を朝食時までに、本丸にお戻しください。……出来うる限りで、構いませんが」 「あ、はい」 別に、オレから、帰って欲しくないとか、言うわけないんだけど。 今日だって、オレが帰さなかったわけじゃないのに。 「あの、じゃあ、皇、本丸に戻ったほうがいいんじゃないですか?」 家臣さんの誰かが、本丸で待ってるってことだよね? 「戻っていては、この後のスケジュールが間に合いません。雨花様が、毒見役を許された重臣のお一人、柴牧家(しばまきや)殿のご子息様でなければ、なんとしてでも若様には、本丸にお戻りいただいておりましたが……。本日、若様と同席する予定だった家臣には、柴牧家殿の当番の日と交代するということで、納得いただきましたので、心配いりません」 「あ、はあ」 さっき駒様が言ってた、『雨花様だから問題ない』って、そういうことだったんだ。 父上、皇と一緒にご飯食べたりなんかしてたの?全然、知らなかった。 「父上と交代しなくても、そのかたに、ここで一緒に食事をしていただいたら……」 『していただいたら良かったのに』って言おうと思ったんだけど。 「ならぬ」 皇の低い声が、オレが全てを言い終わらないうちに、否定した。 ギロリって感じで、睨んでるし。 何だよ!そんな不機嫌にならなくたって……。 「雨花様。候補様は、若様のもの。そうやすやすと、家臣に姿を晒してはなりません。何度も、申し上げているはずですよ?」 今度は、駒様に睨まれた。うう……。 「そなたが、余以外にうつつを抜かすようであれば、どうするか言うたはず。わかっておろう?」 『夜伽を命じる』ってやつ?……本当、に? 皇はまだ不機嫌そうな顔をしている。 そんな、怒らなくたっていいじゃん! 「ここで一緒にご飯食べたらいいのにって、言っただけじゃん!それが、うつつを抜かしてるってことになるの?どんだけ心が狭いんだよ」 「雨花様!」 いちいさんが、オロオロしてる。 「だって……」 そんなの……おかしいもん。 「ちょっとしたことで、うつつを抜かした、とか言ってきてさ!どんだけお前、オレのこと好きなんだよ、って……」 『どんだけオレのこと好きなんだよって疑われるぞ』って、ムカつく皇に、ちょっとした意地悪っていうか、冗談のつもりで言ってやろうと思ったんだ、けど……。 皇が、ものすごくびっくりした顔をするから、オレまでびっくりして、そこで言葉がつまってしまった。 「……」 「……」 そのあと、なんか、しんと……静まり返る、ダイニング。 な……なに?!オレ?オレが、原因……ですか? 「駒」 「失礼致しました。まだまだ雨花様の奥方教育が、なっておりませんでした」 駒様が、皇に頭を下げた。 「そのようだ」 「え?なに?」 「雨花様、それを聞いてはなりません」 「え?」 『それ』って、なに? 「詳しくは、またご説明させていただきます。ああ、これ以上話していては、遅刻なさいます。さぁ、お早くお召し上がりください」 それ以上、何も聞けなかった。 『それ』って、なに? 何を聞いたら、いけないの? だって皇は、『何でも申せ』って、言ってたじゃん! 言ったもん。 言ってたくせに……。 知らない皇が、まだまだいっぱい、いる。 何だか、すぐ隣にいる皇が、すごく……遠く感じた。

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