55 / 584
ふうふう⑥
それ以上、何も聞けないまま……。
重い空気を打ち消すかのように、ふたみさんが、ホカホカのご飯を運んできてくれた。
「わぁ!いただきます!」
オレは、無理矢理気分を盛り上げようと、さっそく、ハフハフしながら、ご飯をほおばった。
「っ?!」
すぐ隣で、ご飯を一口食べた皇が、お茶碗を置いた。
「え?何?」
「……熱い」
「は?」
皇を見ると、茶碗を見つめたまま、固まっている。
え?熱いって、何が?
「熱い?え?」
「大丈夫ですか、若様!やけどなさいましたか?」
駒様が、皇のところに駆け寄った。
「は?」
なにそれ?
「あ!申し訳ございません!」
ふたみさんが、土下座しようとするのがわかったから、オレは、とっさにふたみさんの腕を掴んで、土下座するのを止めていた。
「雨花様?」
「ふたみさん、土下座なんてすることないです」
「え?」
ふたみさんは、ホッカホカのご飯のほうが美味しいから、熱いまま出してくれてるんだ!
皇って、ご飯の食べ方も知らないの?
「熱いご飯は、ふうふうして食べるんだよ?知らないの?」
「あ?」
皇が、顔をしかめた。
オレは、ふたみさんの腕を離して、椅子に座り直すと、ご飯茶碗を手に取った。
「ほら、こうやってさ。……ん。ほいひい」
オレは、ご飯を一口、ふうふうして、食べて見せた。
「口に食べ物を入れたまま話すのは、お行儀が悪いですよ?雨花様」
いちいさんに怒られた。
今は、そこ注意しなくても、良くないですか?いちいさん。
「ふいはへん。」
口を半分閉じたまま、『すいません』と言うと、そんな発音になってしまった。
隣で皇が、ふっと笑った。
それを見て、オレ……なんか、嬉しくなって……。
「ほら、ふうふうってして、食べてみなよ?そのほうが美味しいんだから」
「そのような真似……そなたが致せ」
「は?」
そなたがいたせ?
皇が、自分のお茶碗を、オレに差し出した。
「え?」
「早う致せ」
何か、ものすごく、おかしな展開に……。
このダイニングには、オレと皇以外に、駒様、いちいさん、ふたみさん、四位 さん。それから、朝からいるのは珍しい八位 さんと、九位 さんまでいて……。
今日に限って、なんでこんなにたくさんの人が、見守ってくれちゃってんの?
「……」
ふうふうしながらご飯を食べるのが、ものすごく恥ずかしいことみたいに思えてきた。
っていうか!
このギャラリーたちに見守られながら、皇にふうふうあーんとか、しろってこと?
いやいや!『あーん』はいらないだろ!『あーん』は!
「さぁ、雨花様。早く致しませんと、遅刻してしまいますよ?」
いちいさんが、にこやかに促してくる。
え?ホントに、やるんですか?
いや。そうだ!躊躇してるほうが恥ずかしい!どうってことないじゃんか!こいつは、一般常識がてんで欠落している、かわいそうな殿様なんだ!一人でお風呂も入れないし、一人で熱いご飯も食べられないんだから、教えてやるだけ!そうだよ!何、照れてんだよ、オレ!
よし!オレは、意を決して、皇のご飯を箸ですくうと、ふうふうっと冷ましてやった。
「……」
……で?
冷ましたこのご飯、どうしたらいいんですか?
やっぱり、これは……『あーん』なんですか?
オレは、箸を持って途方に暮れた。
と、隣に座っている皇が、オレの手首を掴んで、ご飯を食べた。
「っ!?」
「……真だ。うまい」
ご飯を飲み込んだのち、ニッコリ笑った皇に、ギャラリーさんたちが、どよめいた。
「え?」
何なんですか?このどよめき。
キョロキョロしたあと皇を見ると、『余が笑うのが珍しいのであろう』と、言って、オレが持っているお茶碗を指差した。
「え?」
「早くせぬと、遅刻する」
「あ、うん」
その先も、皇のご飯をふうふうしては、口に運んでやることになってしまい……。
いや。もう、最後のほうなんて、てんで冷めてるとは思ったんだけど。
皇の、期待しているような眼差しに……、いや、それ以上に、ギャラリーさんたちの、期待に満ちた眼差しに、『あとは自分で食べろ!』とか、言えなくなっちゃって。
結局、最後までオレが、食べさせてしまった。
っていうか、オレのご飯タイムは?!
そこは、皆さん、気にしてくれないんですか?うう……。
でもオレは……そんなことをしながら、駒様が、気になっていた。
駒様も、普通にオレたちの様子を見ていたけど。
……いいの?
オレだったら、絶対イヤだ。
好きな人が、こんなこと、誰かにされているのを見るなんて……。
オレが、子供じみてるの?
もしオレが、駒様と逆の立場なら……。
「……」
「どう致した?」
「あ、ううん」
オレがもしも、駒様と立場が逆だったなら……そう考えたら……。
なんか、胸が……詰まった。
ともだちにシェアしよう!