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ふうふう⑥

それ以上、何も聞けないまま……。 重い空気を打ち消すかのように、ふたみさんが、ホカホカのご飯を運んできてくれた。 「わぁ!いただきます!」 オレは、無理矢理気分を盛り上げようと、さっそく、ハフハフしながら、ご飯をほおばった。 「っ?!」 すぐ隣で、ご飯を一口食べた皇が、お茶碗を置いた。 「え?何?」 「……熱い」 「は?」 皇を見ると、茶碗を見つめたまま、固まっている。 え?熱いって、何が? 「熱い?え?」 「大丈夫ですか、若様!やけどなさいましたか?」 駒様が、皇のところに駆け寄った。 「は?」 なにそれ? 「あ!申し訳ございません!」 ふたみさんが、土下座しようとするのがわかったから、オレは、とっさにふたみさんの腕を掴んで、土下座するのを止めていた。 「雨花様?」 「ふたみさん、土下座なんてすることないです」 「え?」 ふたみさんは、ホッカホカのご飯のほうが美味しいから、熱いまま出してくれてるんだ! 皇って、ご飯の食べ方も知らないの? 「熱いご飯は、ふうふうして食べるんだよ?知らないの?」 「あ?」 皇が、顔をしかめた。 オレは、ふたみさんの腕を離して、椅子に座り直すと、ご飯茶碗を手に取った。 「ほら、こうやってさ。……ん。ほいひい」 オレは、ご飯を一口、ふうふうして、食べて見せた。 「口に食べ物を入れたまま話すのは、お行儀が悪いですよ?雨花様」 いちいさんに怒られた。 今は、そこ注意しなくても、良くないですか?いちいさん。 「ふいはへん。」 口を半分閉じたまま、『すいません』と言うと、そんな発音になってしまった。 隣で皇が、ふっと笑った。 それを見て、オレ……なんか、嬉しくなって……。 「ほら、ふうふうってして、食べてみなよ?そのほうが美味しいんだから」 「そのような真似……そなたが致せ」 「は?」 そなたがいたせ? 皇が、自分のお茶碗を、オレに差し出した。 「え?」 「早う致せ」 何か、ものすごく、おかしな展開に……。 このダイニングには、オレと皇以外に、駒様、いちいさん、ふたみさん、四位(しい)さん。それから、朝からいるのは珍しい八位(やつみ)さんと、九位(ここのい)さんまでいて……。 今日に限って、なんでこんなにたくさんの人が、見守ってくれちゃってんの? 「……」 ふうふうしながらご飯を食べるのが、ものすごく恥ずかしいことみたいに思えてきた。 っていうか! このギャラリーたちに見守られながら、皇にふうふうあーんとか、しろってこと? いやいや!『あーん』はいらないだろ!『あーん』は! 「さぁ、雨花様。早く致しませんと、遅刻してしまいますよ?」 いちいさんが、にこやかに促してくる。 え?ホントに、やるんですか? いや。そうだ!躊躇してるほうが恥ずかしい!どうってことないじゃんか!こいつは、一般常識がてんで欠落している、かわいそうな殿様なんだ!一人でお風呂も入れないし、一人で熱いご飯も食べられないんだから、教えてやるだけ!そうだよ!何、照れてんだよ、オレ! よし!オレは、意を決して、皇のご飯を箸ですくうと、ふうふうっと冷ましてやった。 「……」 ……で? 冷ましたこのご飯、どうしたらいいんですか? やっぱり、これは……『あーん』なんですか? オレは、箸を持って途方に暮れた。 と、隣に座っている皇が、オレの手首を掴んで、ご飯を食べた。 「っ!?」 「……真だ。うまい」 ご飯を飲み込んだのち、ニッコリ笑った皇に、ギャラリーさんたちが、どよめいた。 「え?」 何なんですか?このどよめき。 キョロキョロしたあと皇を見ると、『余が笑うのが珍しいのであろう』と、言って、オレが持っているお茶碗を指差した。 「え?」 「早くせぬと、遅刻する」 「あ、うん」 その先も、皇のご飯をふうふうしては、口に運んでやることになってしまい……。 いや。もう、最後のほうなんて、てんで冷めてるとは思ったんだけど。 皇の、期待しているような眼差しに……、いや、それ以上に、ギャラリーさんたちの、期待に満ちた眼差しに、『あとは自分で食べろ!』とか、言えなくなっちゃって。 結局、最後までオレが、食べさせてしまった。 っていうか、オレのご飯タイムは?! そこは、皆さん、気にしてくれないんですか?うう……。 でもオレは……そんなことをしながら、駒様が、気になっていた。 駒様も、普通にオレたちの様子を見ていたけど。 ……いいの? オレだったら、絶対イヤだ。 好きな人が、こんなこと、誰かにされているのを見るなんて……。 オレが、子供じみてるの? もしオレが、駒様と逆の立場なら……。 「……」 「どう致した?」 「あ、ううん」 オレがもしも、駒様と立場が逆だったなら……そう考えたら……。 なんか、胸が……詰まった。

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