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ふうふう⑦

ようやく、自分のご飯を食べ始めたオレを、皇が隣で、じいっと見ているのに、気が付いた。 「なに?まだ食べたいの?」 「いや。柴牧家殿の子息だけあって、食べ方が美しいと思うてな」 「えっ?!」 自分の顔が、ボッ!って赤くなったのがわかった。 「先程は、食べ物をお口に入れながらお話なさっていらっしゃいましたが、基本的に雨花様は、どのような場に出しても恥ずかしくないマナーを身につけていらっしゃいます」 いちいさんは、何だか自慢気だ。 そんないちいさんを見て、オレ……すっごく、嬉しかった。 いちいさんにオレは、嫌な思いばっかりさせちゃってるんじゃないかって、樺の一位さんにあんなことを言われてから、ずっと、申し訳なく思ってた。 だけど、いちいさんは、そんなオレのことを、自慢してくれた。……んだよね?これって。 オレのほうが、いちいさんを自慢したい気分だよ!いちいさあああん! そうだ! 母様との交換日記に、このことも書いておこうっと! 母様だったら、この話、喜んで聞いてくれるよね。 いちいさんは、母様のお気に入りだって、樺の一位さんが言ってたし。 皇に、生徒会に入ることを許してもらったってことと一緒に、これも母様に聞いてもらいたいな。 皇は、梓の丸から、オレとは別の車で、先に学校に向けて出発した。 オレが下駄箱に着いた時、皇は、上履きに履き替えているところで、ふと皇の顔を見ると、舌を出していた。 何してんの?あいつ。 ……あ! 「もしかして、本当にやけどした?」 今朝のご飯で? 皇が、チラっとオレを見ながら、口を抑えた。 「この痛みが、やけどというものか?」 「痛いなら、きっとそうだよ」 やけどもわかんないの?こいつは……。 「……そうか」 「舌のやけどは、すぐ治るよ」 「薬があるのか?」 「は?そんなの、舐めておけば治るよ」 ホント皇って、一般常識のない殿様なんだから。 舌をやけどしたこともないなんて、びっくりだよ。 「自分の舌を、どう舐めるのだ?」 「え?」 あれ?言われてみれば、そうだよね。 「そなたが致せ」 「は?」 そなたがいたせええええ?! 皇が、ふっと笑って、階段を昇って行く。 え?そなたが致せって……冗談? あの皇が、冗談言ったの? 「なっ……何だよ!そういう冗談、セクハラだぞ!」 皇の背中にそう言うと、皇が、階段の途中でピタリと止まった。 え?!なに? 皇が、くるりと振り向いたかと思ったら、階段の手すりを掴んで、ヒラリとこちらに飛び降りてきた。 「なっ?!」 「冗談でなければ良いのか?」 皇に、手首を掴まれ、後ろにあった扉に押し付けられた。 「な、に?」 「そちは、うつけだ」 皇は、階段下の扉を開いて、オレを収納部屋に押し込めた。 「何?!」 「恐れる割に、隙だらけで……」 「んっ!」 皇に、顎を取られて、キスされた。 咄嗟に唇を閉じると、皇は、オレの足の間に、膝を入れてきた。 「んぅっ!」 ビックリした拍子に、緩んだ唇を割って、皇の舌が伸ばされた。 「っ!!」 「っつ……」 皇は、オレの口の中に入れてきた舌をすぐに引っ込めて、手で口を抑えた。 「あ!……痛いの?」 「痛むと言うたであろう」 「変なことしようとするから、痛いんだろ!」 「変なこと?」 「そうだよ!」 「……」 「……なに?」 「そなたは、いつになったら……」 「……何?」 「っつ……」 皇が、また口をおさえた。 「そんな、痛いの?」 「……人には、申すでないぞ」 「え?」 「余が、梓の丸でやけどをしたなどと言えば、そなたが批難を受ける」 「え?」 心臓が、ぎゅうって……。 「舐めて治るなら、早う致せ」 「そ!そんなの!舐めたって、すぐに治るわけないだろ!」 ワタワタしているオレの頬を、皇が、両手で包んだ。 「っ?!」 「そんなこと、わかっておるわ。……うつけが」 近付いてくる皇が、すっごく優しく笑ったのが見えて、目をつぶった。 つい、また目をつぶってしまった!と、思いながら、この前みたいに、からかわれるかも……って、思ったけど……。 すぐに、柔らかくてあったかい感触が、唇に触れた。 埃っぽいと思っていた部屋が、皇の香りしかしなくなって……また、胸が、締め付けられた。 ふっと目を開けると、泣きそうな顔をしている皇と、目が合った。 「っ!?」 なんで? なんで、そんな顔するんだよ? オレまで泣きたくなって、皇の制服を掴んだ。 そんな顔、しないでよ。 皇は、オレをギュッと抱きしめると、すぐに離して、一人で扉の外に出て行ってしまった。 「……」 どうしてオレ……泣きそうになってるんだろう?

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