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ふうふう⑧
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学校から鎧鏡家に戻ると、駒様が、梓の丸の玄関で、オレを待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、雨花様」
「あ。ただいま戻りました」
「今朝の件につきまして、明日の試験勉強の前に、ご説明させていただきます」
「あ……はい」
今朝の件……。
『皇に聞いたらいけないこと』、だよね?
駒様のあとをついて、勉強部屋に入った。
駒様は、オレの目の前に座って、軽く咳払いした。
「本日の先生が、雨花様をお待ちですので、手短かに話します」
「あ、はい」
「まず、若様は、奥方様をご指名なさる、若様の二十歳の誕生日まで、誰を選ぶのか、候補の誰かお一人を、特定出来るような言動をしてはいけないことになっております。随分前に、ご説明したはずだと思っておりました」
「……は?」
え?どういうこと?
そんなの、オレ、聞いた?
ここに来たばかりの頃なんて、本当に色々ありすぎて、駒様の話が、飛んでることも、あった、かも。
「それに伴って、奥方様候補は、若様のお気持ちを確かめるような発言をしてはなりません」
「え?」
確かにオレ……朝、皇に、そんなにオレが好きなのかよって、言ったところで、言葉を止めた。
いや、冗談だし!皇の気持ちを聞こうと思って言ったわけじゃないし!
って……なんで、皇の気持ちを聞いたらダメなの?
「以上です。では、失礼致します」
「え?!ちょっ……なんでダメなんですか?」
すでに椅子から立ち上がっていた駒様が、不思議そうな顔をした。
「若様のお気持ちを、聞かないでくださいと言っているだけなのですが、雨花様には、ご納得いただけませんか?」
「え?」
「それは、若様のお気持ちを、どうしても確かめたいということですか?」
「え?!……ち、違います!」
「では、よろしいですね?」
本当は、皇の気持ちを聞いたらいけない理由が知りたかった。候補の誰を選ぶのか、皇の二十歳の誕生日まで、知られないようにしなきゃいけないとか……その理由も、わからない。
でも、そんな風に言われたら、それ以上、聞けないじゃん。
「あの」
「はい?」
「駒様は……苦しくないんですか?」
「え?」
それは、どうしても、聞きたい。ずっと、わからなかったから。
「オレには、わからないんです。皇が、他の人と……そういう、なんていうか、夜伽、とか、してたり……イヤだとか、思わないんですか?今朝だって駒様は、平気な顔をしてて……」
同じベッドに入っていたオレと皇を見て……苦しくなかったの?
「私が苦しかったら、どうだと言うのですか?」
「え……」
「それは、雨花様の悩むことではありません。雨花様は、若様のことだけ考えていらしてください」
「でも!」
「失礼いたします」
「駒様は!……皇が、好きじゃないんですか?」
好きなら、あんなところを見せられたら、苦しくなるもんじゃないの?
駒様は、他の候補様のところに渡る皇を、送ったり、迎えに来たり、仕事とはいえ、そんなことを普通にやってて……今朝だって、オレと皇のこと、普通の顔で、見てた。
駒様は、皇のこと、好きなわけじゃないの?
「……」
扉の前で、お辞儀をしていた駒様の動きが、ほんの少し、止まった。
「もちろん……お慕いしております」
オレににっこり笑いかけて、駒様は、再び『失礼いたします』と言うと、扉を閉めて出て行った。
そのあと、入れ違いに、今日の家庭教師の先生が入って来て、すぐに明日の試験のための勉強になった。
だけど……。
何だかオレは……何だか、ショック?を受けているみたいで……。
勉強の内容は、ちっとも頭に入ってこなかった。
なんのショックだよ。
駒様が言った通り、駒様が苦しんでたら、オレはどうだって言うんだろう?
あんなことを聞いて、どうするつもりだったんだよ。
苦しいなんて言われても、オレには、今の状態をどうにかするなんてこと、何にも、出来ないのに……。
オレは、自分の存在が駒様を苦しめているんじゃないって、ただそう言ってもらって、許された実感が、欲しかっただけなのかもしれない。
「シロ、ごめんね。今朝、散歩に行けなくて」
夕飯を食べたあと、いつものようにシロを連れて、散歩に出た。
散歩の必要があるのは、オレのほうなんだけど。
シロの頭を撫でると、ブンブン尻尾を振った。
「……」
皇の気持ちを、聞いたらいけないとか……どうして?
また、泣きそうな顔をしてた皇を思い出して、胸が苦しくなった。
どうしてあんな顔……。
舌が痛いだけで、あんな顔、しないよね?
皇、何を考えてるんだろう?
出会った頃みたいな、マネキンじゃなくなったけど……それでも、皇はほとんど感情を表に出さない。
「はぁ……」
気持ちを聞いたら、いけない……か。
でも、自分の気持ちを言うのは、いいのかな?
『お慕いしております』って、駒様は、はっきりそう言った。
駒様は、皇のことが、好きなんだ。
改めて、駒様の気持ちをはっきり聞いてしまったら、何か……モヤモヤして……。
「シロ」
シロの頭を撫でた。シロを撫でると、何だかいつも安心する。
シロは、ブンブン尻尾を振った。
……皇にも、尻尾が付いてたらいいのに。
皇が何を考えているのか、尻尾が付いていたら、『嬉しい』くらいは、わかるのに。
オレ……こんな風に思うなんて。
駒様には、『違う』とか、言ったくせに……。
本当は、すごく、知りたいんだ。
皇の……気持ち。
知りたいんだ。
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