58 / 584

メッセージ①

7月20日 晴れ 今日は、鎧鏡家の年中行事の一つ、『納涼祭』です。 今頃、他の候補様たちは、忙しく支度をしているのかも。 今日の納涼祭は、ふっきーが、サクヤヒメ様に舞を奉納する。 オレは、奥方候補としての参加は許されていないけど、遠目でいいから、どんなものなのか、見てみたかった。 いちいさんに聞いてみたら、まだ鎧鏡家に入ったばかりで、面の割れていない八位(やつみ)さんをお供につけること、お忍びでこっそり覗くだけ、夕飯には戻ること、っていう条件で、許してくれた。 ふっきーの舞は、午後六時に始まる予定だ。 五時半のチャイムが鳴ったのを聞いて、そろそろ出かけようかと、支度を始めた。 あげはとぼたんも、一緒に行かないかと、誘いに行ったら、二人は部屋に居なかった。残念。 「あまり近づかないようにと、一位様より申しつかっております」 「はい。わかってます。大丈夫ですよ」 やつみさんは、オレの側仕えになるために、新しくこの曲輪に入った人だ。 まだ大学生のやつみさんを、オレは、"兄上"みたいに思っていた。 オレと同じく、鎧鏡家について知らないことが多いみたいで、教育係の九位(ここのい)さんに、しょっちゅう怒られているのを見かける。 でも……そんな人だから、オレはやつみさんといると、ほっと出来た。 「そこまでですよ、雨花様」 「はーい」 前に出ようとするオレを、やつみさんが止めた。 ここでは、舞台が見えるか見えないかだけど、仕方ない。 屋敷を出る時、やつみさんが双眼鏡を持っていたので、『それ必要なんですか?』なんて言ったんだけど、これは、オレも必要だったかも。 舞台の向こう側には、皇と、白いベールをかぶった三人が、座っているのが見えた。白いベールの三人は、候補様たちだろう。 多分、皇のすぐ横から、駒様、お誓の方様、梅ちゃん……じゃ、ないかなぁ? 顔は見えないけど、体型的に。 お誓の方様は、どんな人なのかわからないけど、消去法で言ったら、多分そうだと思う。お誓の方様も、駒様くらい背が高そうだ。 その時、笛の音が聞こえてきた。 「あ!始まりますね!」 やつみさんは、ワクワクしているみたい。そんなやつみさんを見て、オレもワクワクしてきた。 舞台袖から、巫女さんの衣装のような、袴姿の人がスっと出て来た。 「あ……」 「はぁ……美しい方ですね」 「やつみさん!双眼鏡、貸してください!」 「え?いいですよ」 『ほら必要だったじゃないですか』なんて言ってるやつみさんから、双眼鏡を借りて、急いで覗き込んだ。 「うわ」 あれが、ふっきー?! すごく……キレイだ。 メガネをかけていないふっきーを、初めて見た。 化粧もしているみたいだけど、なんていうか、ものすごい、美人! 見た目で言ったら、梅ちゃんのほうが、絶対可愛いかな、とか思ってたけど……。 うっわ……いつもは眼鏡男子のふっきーが、実はあんなに美人だったなんて! 笛と太鼓の音に合わせて、鈴を持ったふっきーが舞う。 あの人、本当にふっきー? 本当に、すごく……キレイだ。 舞は、10分くらいだったかな?でも、あっという間だった。 家臣さんたちの大きな拍手に、膝をついて礼をしたふっきーは、皇の前に歩いて行った。 双眼鏡で覗いていると、ふっきーを前にして、大きく頷いた皇が、ほんの少し、口端を上げたところまで見えた。 皇は、ふっきーを軽くハグして手を引くと、自分の隣に座らせた。 ……皇、あんなこと、するんだ? 何だか、鳥肌が立つ時みたいに、体中が……ザワって、震えた。 ふっきーが皇の隣に座ると、他の余興が始まった。 会場は、お祭りらしいざわつきで包まれた。 ふっきーも見られたし、もう帰ろうかと思ったところで、目の前にいた家臣さんの、『やはり、お詠の方様で決まりだろう?』と、いう声が聞こえてきた。 「若様の奥方様か?そうだな。お詠の方様は、経営にも明るいらしい」 「ほう、お詠の方様が奥方様になれば、鎧鏡も安泰だ」 「ああ、全くだ。そう言えば、今年入られた候補様は、どうなされたのだ?」 どあっ!それ……オレのこと?だよね? うわあ……どうしよう、聞いてていいのかな、この話。 「ああ、雨花様……だったか?」 やっぱり! います!ここにいます! 「ああ、そうそう」 「ここだけの話、候補としての素養が全くないとは本当だろうか?それで、行事参加も許されていないとか」 「ああ、それで今日もいらっしゃらないのか?いやしかし、今年の展示会は、不作揃いだったって話を聞いたぞ」 「そう言えば、占者(せんじゃ)様の体調が優れぬ時に、桃紙渡しのご選出をなされたと、聞いたことがある」 せんじゃ様?誰? 「占者様の選出ミスってことか?」 「そんな話も出ているようだ」 「それはそれは……それでも、その中から候補様を選ばねばならなかったとは、若様もお気の毒なことだ」 「ああ。なんでも、今年の展示会では、若様は候補様をどうにも選べず、一人も選ばぬわけにもいかないからと、最後に並んでいた雨花様を、渋々選ぶしかなかった、なんて話も耳にした」 渋々……選んだ? それ以上、聞いていられず、走り出した。 皇は、オレのこと、渋々、選んだ……? 確かにオレ、さっきの家臣さんが言っていた通り、一番最後に、並んでいた。 そういえば……展示会の日、本丸で入れられたお風呂場で、オレのこと、皇が普通とは違う決め方をした……みたいなこと、駒様が言ってた。 オレは……渋々決められた、候補? 部屋に戻ってぼうっとしていると、しばらくして、部屋の外が、急に騒がしくなった。 なんだろう?と、ドアを開けると、そこにあげはが立っていた。 「あ、雨花様」 「何かあったの?」 「やつみさんが、牢に入れられたって……」 「え?!」

ともだちにシェアしよう!