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メッセージ⑤
「占者殿は、御魂戻しをせぬで済むよう、余の嫁選びに、躍起になっていらっしゃるということだ」
「はぁ」
「そんな占者殿が、桃紙の選出を間違うわけなかろう。余とて、そのように占者殿から言われておるというに、渋々などという気持ちで、嫁候補を選べるはずもない」
「あ……」
「わかったか?そなたが耳にしたのが、くだらぬ噂だということが」
オレのこと、渋々選んだわけじゃ、ない?
皇の指が、オレから離れて行くのを見ながら、皇の話を、全て理解出来たわけじゃないけど、でも……ほっとしている自分に気付いた。
その時、遠くで、『若様!お詠様がお待ちですよ!』と、いう声が聞こえた。
「あ……」
皇、ふっきーのところに渡るの?
「行かねばならぬ」
皇は、『手打ちにしろなどと、二度と申すな』と言うと、オレに軽くキスをして、今度は振り向かずに、本丸に向かって歩いて行った。
皇の話を聞く限り、オレは、渋々選ばれたってわけじゃないかもしれないけど……。
でも。
あくまで、候補なだけなんだ。
って!それで、いいんじゃん!
オレは、奥方にならないで、うちに帰りたいんじゃん!
……そうだよ!ずっと、そう思ってきたんじゃん!
ふっと、さっき、舞い終わったふっきーを迎えた時の、皇の、ちょっと嬉しそうな顔を思い出した。
ふっきーの手を取って、自分の横に座らせた、皇の、顔。
ふっきーのところに行って、またあんな風に、嬉しそうな顔をするんだろう。学校でも、二人で楽しそうに話してるし。ふっきー、話も面白いし。
皇は……きっと、ふっきーを選ぶ。
そうすれば、オレは、自由になれる。
自由に……なれるんだ。
「皇!」
歩いていく皇の背中に向かって、名前を呼んだ。
オレは、最後まで候補でいいんだ。
候補に決まってから、ずっとそう思ってきたし。
今だって、そうだよ。
それで、いいじゃん。
だって、家臣さんたちだって、ふっきーがいいって言ってたし。
皇だって、ふっきーのこと……きっと好きなんだろうし。
あんなに、楽しそうにしてるんだもん。あの皇が。
こんな、いいことないじゃん。
自分の好きな人が、皆にも望まれてる、なんてさ。
ふっきーは、皇にぴったりの人だよ。
うん。
だから、オレが今、皇を呼び止めたのは、皇がふっきーに渡るのを、邪魔したいからじゃない。
そうじゃなくて、ただ、オレは……。
ただ、体が勝手に、皇に向かって、走り出してた。
「どう致した?」
「信じる」
なんで、わざわざこんなこと、言ってるんだろう?
皇からしたら、オレは、最後の一人にはならない、ただの候補なんだろうって、思うのに。
さっきの、『余を信じるか?』って言う問いの答えなんか、今更皇は、いらないだろうって、思うのに。
「ん?」
「お前の話、さ。身代わりとか、魂戻せるとか、どうしてそんなことするのか、とか、よくわかんないけど。でも……お前のことは、信じる」
話は理解出来ないけど、皇のことは、信じる。
だからオレ、お前の話を聞いて、安心出来たんだ。
こんなこと、わざわざ呼び止めてまで、言う必要、なかったかもしれないけど。
「……そうか」
皇の目の前まで走って行ったオレの髪を、皇が、またサラリと撫でた。
さっきまで、皇のそばにいるのが、すごくつらいとか思ってたのに……今は、全然……むしろ……。
いやいや!なに?なに?なんか、変なこと、思っちゃうところだった!
その時、自分のポケットの膨らみに手が触れた。
「あ!」
おにぎり!
ポケットに突っ込んであった、おにぎりを取り出した。
「なんだ?」
「おにぎり。ちょっと、潰れちゃったけど。やつみさんに渡したいんだ」
「やはりそなた、八位に会いに参ったのではないか。しかし、そなたは、地下牢には入れぬぞ」
「皇、やつみさんのこと、出せないの?」
「あ?八位を牢に入れたのは、そなたのところの九位だ」
「え?!」
ここのいさんが入れたの?
いや……やりかねない。
「出せないなら、せめてこれ、やつみさんに渡せない?皇なら、出来るだろ?」
皇に、おにぎりを差し出した。
「余に、使い走りを頼むとは」
「ダメ?」
「……良い。許す」
「あ!でも皇……もう、すぐに渡るんだよね?」
ふっきーのところに……。
「良い。詠 は、遅くなっても文句は言わぬ」
『詠は文句を言わぬ』、か。
ふっきーなら、皇の身代わりになって死ぬことになっても、文句を言わないのかもしれない。
『お詠様と、お梅様のおかげで、だいぶ人間らしくなった』
おにぎりを抱えて去って行く皇の背中を見送りながら、何故かそんな母様の言葉を思い出していた。
ふっきーは、皇にとって、特別な存在なんだ。
多分、すごく。
……すごく。
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