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メッセージ⑥
やつみさんは、一日で地下牢から戻って来た。
本当だったら、もっと長く入れられて当然のところを、母様が、一日で出してくれたんだって、いちいさんから教えてもらった。
母様との交換日記に、『やつみさんのこと、ありがとうございます』と書いて、ぼたんに使いを頼むと、またすぐに戻ってきた日記には、やつみさんの取り調べの様子が書かれていた。
ずっと口を閉ざしていたやつみさんは、『雨花様の責任問題にする』と、母様が言った途端、事の詳細を話し始めたこと。
やつみさんはやっぱり、あの家臣さんたちの言葉に怒って、『雨花様に謝れ』と、喧嘩になったらしいこと。
牢の中でもずっと、『雨花様は大丈夫でしょうか?』と、気にかけてくれていたこと。
母様はすぐに、やつみさんを地下牢から出そうと思ったのに、『神事を穢した罪は償うべきです』と言った、ここのいさんの一言で、丸一日、地下牢に入れられることになったこと……なんかが書かれていた。
やっぱりここのいさんは、ドSなのかも……。
母様からの日記の最後に、『礼は、青葉の心配ばっかりしてた八位に言ってあげて』と、書かれていた。
母様の日記を読みながら、涙が出てきた。
ここにきてからオレは、涙腺が緩くなっている気がする。
日記を届けにきたまま、近くで待ってくれていたぼたんが、くしゃくしゃのハンカチを、渡してくれた。
「あ……ごめん。ありがとう、ぼたん」
「いえ。大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう」
オレはいつも、側仕えさんたちに心配かけてばっかりだ。まだまだ小さいぼたんにまで、心配かけて。
ぼたんに、『心配かけてごめんね』と言うと、ぼたんは、『恐れ多いです!』と言いながら、後ずさりした。
そんなぼたんに笑いながら、母様に改めてお礼を書いた。それをぼたんに持って行ってもらうと、すぐにまた日記が返ってきた。
『モナコ土産、楽しみにしててね』と、それだけ書かれていた。
そうだ。モナコ!
8月1日から、鎧鏡一家は、モナコ旅行に行く。鎧鏡家の年中行事の一つらしい。
モナコには、皇のおじい様と、おばあ様がいるんだって、聞いた。
……って、どっちも男だけど。
カンカン照りの本丸の玄関で、白いベールをかぶせられて、他の候補様たちと一緒に、一列に並ばされた。
今日から皇は、モナコに行く。
オレは、今日こそお館様が見れるかもしれないと思って、この見送りの儀式を楽しみにしていた。
なのに、お館様だけ別で出発するのだと聞いて、ものすごーくガッカリした。
「駒、土産を待っておれ。留守を頼む」
皇が、一人一人に声を掛けていくみたい。
「かしこまりました」
今日は、白いベールをかぶっている駒様が、そう返事をした。
「誓 。休暇を楽しめ。土産を持って帰る」
「ありがたき幸せでございます」
お誓の方様って、どんな人なんだろう?白いベールをかぶっているから、顔は全然見えない。
でも、やっぱりスラリと背が高くて、それに、声が落ち着いている。
カッコイイ人、なんだろうな。
「詠 、息災でな。土産は何が良い?」
「そうですね。何か、面白いものがいいです」
「そうか。わかった」
皇が、ちょっと笑った。
ふっきーの後ろで、ふっきーの側仕えさんたちが、ざわついた。
皇がちょっと、笑ったから?かな?
「梅。余が戻ったら、また海に行くか?」
「はい。是非」
梅ちゃんと、海?
そんなの、初めて聞いた。
誰か一人だけを、特別扱いしたらいけないんじゃなかったの?
もしかして、ふっきーじゃなくて、梅ちゃん、なのかな?皇が、選ぶ人って……。
最初っから、部活もさせてもらってるし。
明らかに、梅ちゃんだけ特別扱いだ。
まぁ、オレも、生徒会に入っていいとは、言ってもらったけど。
「部活で怪我などするでないぞ」
「はい!」
梅ちゃんは、可愛いよね。全体的に。
梅ちゃんか、ふっきーか……皇が選ぶのは、誰かはわからないけど。
オレじゃないことだけは、きっと、確か。
「土産を待っておれ。宿下りを楽しむが良い」
「はい」
皇がモナコに行っている間、オレたち候補は、実家に帰ることを許されていた。
「雨花」
「……」
なんか、緊張するんだけど!
考えてみたらオレ、こんな風に、みんなの前で、皇に候補扱いされたのって、初めて?……かも。
「真、宿下りせずとも良いのか?」
「はい」
一昨日、皇は、オレのところに渡ってきた。
その時、宿下りはどうするか聞かれた。
ほんの少し考えたけど、シロを連れて、実家には行けない。でも、だからって、シロを残しては行けないし。
だから、ここに残ると決めた。
「シロの世話はせずとも、問題ないのだぞ?」
「いえ。シロと離れるのが、寂しいので」
「そうか。シロを頼む」
「はい」
皇は、出発していった。
……オレにだけ、お土産の約束をしてくれずに。
別に……いいけどさ。
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