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メッセージ⑦

皇が、モナコに出発してから一週間がたった。 鎧鏡家は、何だか静かだ。 駒様はここに残っているけど、他の候補様たちは、実家に帰ったと聞いた。 出窓に置かれた時計が、 『8/7 (水) 23:59』 と、デジタル表示されていた。 あと、一分……。 カチッと、静かな部屋に、時計の表示が、 『8/8 (木) 00:00』 に、変わる音が、響いた。 「母様……ありがとうございます」 柴牧の母様に、礼を言った。 届くことは、ないだろうけど。 8月8日は、オレの誕生日だ。 今オレは、17歳になった。 日付が変わると同時に、色々な国にいる友達から、何通かメールが入った。 たまにしかメールでのやり取りをしないけど、誕生日にはこうして、お祝いメールをくれる友達が何人かいる。 色んな国の言葉で、だけど、どれも『誕生日おめでとう』と、書かれている。 みんな、日本時間に合わせて、お祝いしてきてくれることが、嬉しかった。 モナコは今頃、夕方の5時、くらいだっけ? 皇は、今日がオレの誕生日だって、知らないんだろうな。     「雨花様、おはようございまぁす!」 朝から元気なあげはが、ぼたんと一緒にご飯を食べにやってきた。 「おはよう、ぼたん、あげは」 「おはようございます」 誕生日でも、何にも変わらない。 実家にいる時も、誕生日を祝ってもらった記憶はないんだけど。 誕生日は、柴牧の母様に、オレが感謝する日だった。 『誕生日おめでとう』って、言われる日じゃなくて、『産んでくれてありがとう』って、言う日だった。 オレの誕生日に、母様がケーキを買うのも、ご馳走を作るのも、母様自身のためだと、母様が言っていた。 世の中の誕生日が、『おめでとう』ってお祝いしてもらうのが普通だっていうのを知った時には、だいぶびっくりしたのを思い出す。 朝ご飯を済ませて、シロの散歩をして、宿題をやって終わると、もう昼が近かった。 夏休みは、昼ご飯も一緒に食べているあげはとぼたんは、今日は学校の用事で、昼はいないのだと言っていた。 「たまには、外で食べるというのは、どうですか?」 お昼ご飯の時間に、ふたみさんが、かわいいバスケットを持って、ニッコリした。 「外で?」 「はい。三位と八位が、お供すると申しております」 「よろしいでしょうか?雨花様」 「もちろんです!」 やつみさんがバスケットを持ってくれて、三人で外に出て、昼食をとった。 地下牢に入れられた事件があってから、やつみさんは前にも増して、オレに良くしてくれる。   あの事件があって、オレ……考え方が、ちょっと変わった。 それまでオレは、オレがバカにされるのは、仕方ないかなって、思ってたんだ。 何にも知らない手のかかる候補だし、奥方になんか選ばれるわけないし、どうしてここにいるのかもよくわからないし、夜伽だって逃げてるし、そんなオレが、バカにされても仕方ないよな、って。 でも今は……。 バカにされっぱなしは、イヤだ。 オレが自分で、バカにされることを受け入れたら、オレを大切に思ってくれてる人たちを、傷つけることになるって、地下牢の中でも、オレの心配をしてくれてたやつみさんの様子を知って、なんか、そう思ったから。 ってことで!今オレは、燃えている! オレの、候補としてのデビューは、10月の『新嘗祭』だ。 そこで、オレをバカにした人たちがビックリするくらい、完璧な舞いを奉納してみせる! そしたら、皇いわく『くだらない噂話』も、くつがえせるんじゃないかなって、そんな風に思うから。 側仕えさんたち!オレ、頑張るから!みんなが自慢出来るような、そんな候補に……いや、そこまでは無理かもしれないけど、とにかく、バカにされない候補になれるよう、頑張るから! うおおおおお! その日の午後は、庭で、駒様からの奥方教育を受けた。 そこの庭木を贈呈してくれたのは誰それで、その人との関係はどうこうとか、そんな話だ。 そんなことも、奥方様は覚えていないといけないわけ? バカにされない候補になってみせる!とか思った決意が、揺らぎそうになるよ。 改めて、母様って、すごいんだなぁ。 っていうか、ふっきーとか梅ちゃんも、こんなこと、覚えてるの? 奥方教育を終えて屋敷に戻ると、いちいさんが、『何だか天気が悪くなりそうです。今日もシロの散歩に行かれるのでしたら、お早めに行かれたほうがいいと存じますよ?』と、言うので、そのままシロを連れて、また外に出た。 何だか今日は、外に出っぱなし。 誕生日だっていうのに。 散歩を終えて帰る頃には、すでに6時を回っていた。 お腹すいたなぁ。 そう思いながら、梓の丸の屋敷の玄関ドアを開けると、『パーンッ!!』っと、大きな爆発音が鳴り響いた。 「ぅえっ?!」

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