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メッセージ⑨
しんみりした空気を打ち消すように、ホールのドアが開かれ、さっき出て行った駒様が、戻って来た。
「どうしました?」
妙な空気を感じたのか、駒様がそう聞いてきた。
「若様は……お忘れなんですか?」
あげはが、うつむきながら、そうつぶやいた。
「え?」
「若様は……雨花様の誕生日を、忘れちゃってるんですか?!」
「あげは……」
「そんなのっ!そんなの……」
泣きそうになっているあげはを、ぎゅうっと抱きしめた。
オレまで泣きたくなってくる。
別に、皇に誕生日を忘れられてたって、全然、オレはいいけど。
でも、そのせいで誰かが悲しむなんて……。
オレは、どうしたらいいの?
皇……。
「忘れてなどおらぬ」
本当に泣きそうになったオレの背中から掛けられた声に、ドクンっと心臓が大きく跳ねた。
偉そうで、ぶっきらぼうな話し方をする、低い声……。
「若様?!」
あげはが、びっくりしたように飛び上がった。
「気流が乱れて、遠回りをしておった。遅くなった。すまぬ」
そんな声に後ろを振り返ると、そこに、本物の皇が、立っていた。
大きな、ケーキの箱を、持って……。
「どう致した?」
「なに……してんの?」
だって、モナコにいるはずなのに……。
「ケーキを持って参った」
「送れば……良かったのに」
「候補には、直接ケーキを渡すことにしておる」
「だって……わざわざモナコから?」
「モナコの鎧鏡家にいるケーキ職人のケーキは、絶品だそうだ。余は、甘い物はようわからぬが、御台殿がおっしゃっていた」
皇が、ケーキの箱をオレに渡した。
「雨花、そなたの誕生日を祝う」
泣かないように、泣かないようにって、下唇を思いっきり噛んでいた。
だって、こんなの……。
ずるいよ。
「どうした?ケーキは好まぬか?」
何も言わないオレに、皇が笑いながらそう聞いてきた。
「……大好きだよっ!」
そう言った途端、涙がどわーっと流れてしまった。
いちいさんが、ケーキの箱を受け取って、『さっそくいただきますか?』と、聞いてくれた。
オレは、いちいさんに頷いて、目の前の皇に『ありがとう』と、ようやく言えた。
「なにをそんなに泣く?」
皇は、オレの目の前に来て、指で涙を拭った。
「……だって……皇が来るとか……思わなかった」
「そうか。余が来て、それほど感動したか?」
皇が、にやりと笑った。
「……うん」
「あ?」
「……ありがとう」
そう言ったら、またどわーっと泣けてしまった。
びっくりした顔をした皇が、『素直なそなたは気持ちが悪いな』と言いながら、いちいさんからハンカチを受け取って、オレの涙を拭くと、ふっとキスした。
「ぬわっ!!」
「ん?」
ちょっ!側仕えさんたちがいるのに!っていうか!それよりなにより、駒様がいるっていうのに!
反射的に駒様を見ると、ニッコリされた。
「……」
胸が、痛い。
駒様の気持ちが、わからない。
「ケーキの用意が出来ましたよ?」
ふたみさんが、お皿を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「さぁ、願い事をして、ケーキのロウソクを吹き消してください、雨花様」
「あ、はい!」
すぐに照明が消され、真っ暗な中、ケーキが運ばれてきた。みんなが歌ってくれる誕生日の歌が終わって、オレは願い事をしながら、ロウソクを吹き消した。
パッと付けられた灯りで、皇が持って来てくれたケーキを初めて見た。
チョコレートケーキだ。
ケーキの上に、プレートが乗っている。
『うか あなたの存在に感謝する すめらぎ』
と、フランス語でメッセージが書かれていた。
「っ……」
また泣き出したオレを見て、皇が、『どう致した』と、顔を覗き込んできた。
「だって、このメッセージ……皇が、書いたの?」
「書いたのは、ケーキ職人だが、書かせたのは、余だ」
「……ありがとう」
オレがここにいること、皇は、喜んでくれてるの?
「雨花」
「ん?」
皇は、またオレの涙を拭いてくれながら、不思議そうな顔をしていた。
「そなた、本当は、語学が堪能なのではないのか?」
「えっ?……あ!」
プレートに書かれた、皇からのメッセージは、フランス語……。
オレ……ずっと、英語が苦手キャラで通してたのに!
うわぁぁぁぁ、やっちゃった!
「それとも、英語は出来ぬが、フランス語はわかるということか?」
「え……っと……」
しどろもどろになっているオレに皇は、『余を騙すとは、今日が誕生日でなければ、仕置きするところだ』と言って、笑いながらオレを抱きしめた。
心臓が、これでもかってくらい、跳ねた。
オレだけに向けられた、子供みたいな……皇の笑顔に。
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