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制御不能①
「そなたに何を贈れば良いか、どうにも決められなかった」
「え?」
オレにケーキを渡すためだけに、モナコから帰ってきたっていう皇は、そのまま梓の丸に"渡る"ことになった。
側仕えさんたちがみんないなくなると、ベッドの脇で寝そべるシロの背中を撫でながら、皇がボソリとそうつぶやいた。
さっき……パーティー会場で、あげはが皇に『雨花様へのプレゼントはなんですか?』って、キラキラした目で聞いていた。
皇の答えがすごく気になったけど、皇はあげはに耳打ちしたから、なんて答えたのか、オレには聞こえなかった。
だけどそれより、あげはに耳打ちするなんて……。
そっちのほうが、気になる。
あげはは家臣でしょ?
皇が家臣に耳打ちするなんて……。
あげはは見た目も可愛いし、性格もすっごく純粋で可愛い。
……まさか!
まさかって……なんの心配してんだよ、オレ。
ホント、最近オレ……。
なんかすごい、変なんだ。
「そなたは、余の想像を遥かに越えた考え方をする。誕生日の祝いに、そなたの気に入らぬ物を贈っても意味がない」
「え?そんなことないよ」
「では、そなたに雪山をプレゼントしたら喜ぶのか?」
「ああ。まぁ、それなりには……」
「それなりか」
皇がふっと笑った。
っていうか、梅ちゃんにゲレンデのプレゼントをしたって本当なの?
「うちは……さ」
「ん?」
「誕生日は、お祝いされる日じゃなかったんだ。だから別にプレゼントなんて、いらないよ」
「あ?」
眉を寄せた皇がシロから離れて、オレが座っているソファの隣に座った。
「オレの誕生日は、母様に感謝する日だったんだ。産んでくれてありがとうって。……今年は、言えなかったけど」
「申せばよい」
「え?」
「まだ間に合う」
時計を見た皇が、オレの腕を引っ張った。
もうすぐ夜の10時になろうとしていた。
「え?ちょっと!うちに行くってこと?……ダメだよ!」
「何故だ?」
「だって……もう戻ってくるなって、言われたんだ」
「あ?」
「柴牧のうちには、戻るなって。もう父とも母とも呼ぶなって。もう自分たちのことは、家臣だと思って接しろって。だからもう、オレ……親もいないし、戻る家も、ないんだ」
「何を申しておる?そなたの戻るべき家は、ここであろう?」
皇が、オレをふわりと抱きしめた。
「っ?!」
「余がそなたの実家に、共に参る。それならば柴牧家殿も、そなたが戻っても何とも言わぬであろう」
「え?」
「さあ、参れ」
皇に手を引かれて連れ出され、車に押し込められた。
「何があろうと、柴牧家殿と奥方殿が、そなたの父上と母上であることに変わりはない。親がおらぬなどと申すのは、柴牧家殿の真意を汲み取ってはおらぬ。親不孝者めが」
「え……」
皇はさっきオレの手を引いてから、ずっとそのままだ。
皇に手を握られたまま、実家まで一時間弱。
皇の手は……ずっとオレの手を、離さなかった。
どうして?……泣きそう、だよ。
どうして?
だけどオレも……皇の手を、ふりほどけない。
どうして?
実家に向かう車内で、皇が、モナコではほとんど土産探しをしているようなものだと、顔をしかめて、そんな話をし始めた。
「そなたへの土産は、すぐに決まったのだが」
「え?」
お土産、買ってくれたんだ?!
泣きそうだったオレの顔が、緩んだ。
……なに、喜んでるんだよ。
「石だ」
は?
「石?!」
「ああ。モナコには良い石がたくさんある」
「そう……なんだ」
石って……まぁ、いいけど。
石って……まぁ、お土産って、気持ち、だけどさ。
そのあと、ふっきーのお土産が一番難しいと、皇がどことなく、楽しそうに話した。
「そうなんだ?」
「面白いものとは、なんなのだ?」
「うーん?」
なんなんだろう?
いや、面白いものが何かってことじゃなくて……。
チクチク……っていうか。
モヤモヤ……?
この気持ち、何なんだろう?
どうしてこんなに引っかかるんだよ。
皇がふっきーを大切にするのは、当たり前なのに、こんな風にふっきーのことを考えている皇を見ていると、何だか……胃のあたりがムカムカする。
なに?これ?怒ってんの?オレ?
オレ、何で怒ってるんだよ?
奥方様には選ばないだろうオレにだって、皇は、こんなに優しくするんだし……。
ってことは、奥方様候補ナンバー1のふっきーになんて……どんだけ優しい顔を見せてるんだろう。
そう思うと……今度は胸がキシキシ鳴った。
自分の体なのに、どうして……?
ムカムカするのも、チクチクするのも、キシキシするのも、どうして?
どうして、何一つ止められないんだろう。
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