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制御不能②

実家に着いた時には、もう夜の11時になろうとしていた。 インターホンを押すと、中から母様の声が聞こえてきた。 『はい?』 「あ、か……あの……」 『母様』と呼べず口ごもると、隣で皇が『皇です』と、名乗った。 『え?……えっ?!』 インターホンの電源も切らずに『パパ!大変!』と、いう声が聞こえてきた。 「愉快な母上殿だ」 「あ……うん」 しばらくして、バンっと玄関の扉が開かれた。 「わ!……若様!」 父上が玄関先で、膝を付いた。 「良い。今日は雨花の……いや、青葉の供だ」 「っ?!」 『青葉』って……。 何だか、ものすごくドキドキした。 「青葉!」 母様が階段を駆け下りてきた。 「どうしたの?若様と一緒に来るなんて。まさか奥方様本決まり?」 「ちょっ……何言ってんの?!」 皇にも聞こえた? ワタワタしながら隣の皇を見ると、眉一つ動いていない。 いつもと同じ、表情の変わらない顔。 皇は、何とも思わないんだ?  心臓が、ドクンと跳ねてギュッと痛んだ。 どうして? どうしてだよ? オレの体のくせに、勝手に動くなよ! 「何照れてんのよ、あっくんったら!何だか前にも増してキレイになったみたい。もともと私に似て美人ですけどね」 「あ……あのっ!」 これ以上母様の親バカ発言を聞いていたら、恥ずかしくて消えそう。 オレは母様の話を遮った。 「なに?」 「あの……産んでくれて、ありがとう」 そのあと、号泣した母様をなだめていると、もうすぐ日付が変わるという時間になってしまった。 もう遅いし、泊まるかという話にもなったけど、皇は明日の朝にはまた、モナコに向けて出発するって言うので、急いで鎧鏡家に帰ることにした。 「皇」 車に乗り込んですぐ、隣の皇を呼んだ。 「ん?」 「あの、ありがとう」 本当に……。 皇に頭を下げると、膝に乗せていた手を取られた。 ふっと皇を見ると、表情の変わっていない皇の顔が、何だかちょっと嬉しそうに見えた。 「礼には及ばぬ。それより、誕生日祝いは、何がいいか考えたか?もうそなたの誕生日が終わってしまう。その前に決めるが良い」 「もう、十分もらったよ」 今日、皇から……たくさん、たくさん嬉しい気持ちをもらった。 「あ?」 「ありがとう」 「なにもやってはおらぬ。何の礼だ?」 「え?ほら。今、母様にお礼を言わせてくれたし」 本当は、それだけじゃないけど。 「それは余からの贈り物ではない。欲しい物を申せ」 皇はオレをきゅっと抱きしめた。 ドキドキが……ひどい。 「え……あ!そうだ!」 「ん?」 「冷蔵庫!」 「あ?」 「冷蔵庫が欲しい!部屋に。小さいヤツ」 「あ?そのような物で良いのか?」 「うん。今……一番、欲しい」 「変わったヤツだ」 鼻で笑った皇は、すぐにどこかに電話をかけた。 「雨花の部屋に一台、冷蔵庫を運べ」 「へ?!ちょっ!小さいの!小さいのね!」 「ああ。小さい物でいいそうだ」 「小さいのじゃなきゃダメだよ!」 「小さい方がいいそうだ」 そのあと一言二言話したのち、皇は電話を切った。 「冷蔵庫など、部屋に置いてどう致す」 「……内緒」 そう言うと、皇はまたふっと笑った。 「また隠し事か?今日だから許すが、明日から余に隠しだてなどしてみろ。仕置してくれる」 「仕置って?手打ち?」 「手篭めだな」 「てっ?!」 てごめ?! 「冗談だ。無理矢理体を開くなど……気がそがれる」 「……」 「そなたはいつになったら、余を……受け入れるのだ」 皇が、オレの手を握った。 「皇?」 「ん?」 「素朴な、疑問なんだけど」 「ん?」 ずっと思っていたことを、聞いてみようと思った。 「オレと……そういう、夜伽?みたいなこと、したい、とか、思うの?」 だってオレ、普通に男だし。 こいつは男と結婚、とか言ってるんだから、男とそういうこと、するのが当たり前なのかもしれないけど、本能的なところは、女のコのほうがいいとか、思ってたり、しないの、かなって……。 そういうの、聞いたこと、なかったし。 あ、でも……。 そんなこと聞いちゃってから、ものすごい恥ずかしいことを聞いている気がしてきた! うわ。何てこと聞いちゃってんだよ!オレ! 『したい』とか言われたら、どうすんの?! 「鎧鏡を背負う者として、嫁はなくてはならぬ存在であり、嫁を心身共に満足させねばならぬと教えられてきた」 「え?」 「そなたは、占者殿が選んだ候補だ。案ずることはなかろうが、体の相性というものがある。それは、体を重ねてみなければわからぬことだ」 「……」 なんか、違う。 皇の答えは、ズレてる。 「どう致した?」 「……ううん」 オレと、したいの?の答えは、YESかNOじゃないの? 皇の話は、体の相性を確かめるために仕方なく、夜伽をしてみないといけない、みたいに聞こえた。 いや、実際、そういうこと、か……。 それが、皇の答え。

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