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制御不能③
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梓の丸の屋敷に戻ると、すでに小さい冷蔵庫が、部屋の中に置かれていた。
「早っ!」
「冷蔵庫など部屋に置いてどう致す?」
「……内緒だってば」
「もうそなたの誕生日ではないぞ?」
時計はすでに、8月9日に変わっていた。
「そんなのずるい!」
「まぁ良い。余は明日早くまたモナコへ飛ぶ。そなた、何かモナコ土産で欲しい物があれば、今申せ」
「お土産は石なんだろ?」
「それ以外に、だ」
まぁ確かにさ。
土産は石って言われて、ビックリはしたけど……別に、これと言って欲しい物はない。
「あ。物っていうかさ。写真が見たい!」
「ん?」
「鎧鏡家の家族写真」
「あ?見たことがないのか?」
「うん」
「そうか。家臣はみな、鎧鏡一族の家族写真を家に置いておると聞いておったが、そういうわけではないらしいな」
「え?ホント?」
そんなの、見たことない。
「まぁ良い。写真か。それも土産ではないような気もするが」
「お土産だよ!」
「冷蔵庫といい、写真といい、そなたは金のかからぬ候補だな」
皇はそう言うと、オレにふっとキスをして、ベッドに横になって目をつぶった。
皇が完全に寝たのを確認して、オレはこっそりベッドを抜け出した。
早く『あれ』を取って来たかった。
皇を起こさないように、静かにドアを開けて、梓の丸の厨房に向かった。
柴牧の母様に礼を言えたのは、すごく嬉しいことだったし、皇に本当に感謝したけど。
誕生日で、オレがすっごく嬉しかったのは……。
「これかな?」
厨房の冷蔵庫に入っていた、金色の箱。
そっと取り出すと、ずっしり重い。
え?まさか、純金製?!
蓋を開けると、小さなチョコレートで出来たプレートが入っていた。
「あった!」
『うか あなたの存在に感謝する すめらぎ』
そう書かれているチョコレートで出来たプレート……皇からもらったケーキに乗せられていたこのプレートを、どうしても食べることが出来なかった。
こっそりふたみさんに、冷蔵庫で保管してもらうようにお願いしておいたんだ。
母様に礼を言えたのも嬉しかったけど、それより……。
皇がわざわざ、モナコからケーキを持って来てくれたことが、本当にすっごく……嬉しかった。
オレの存在に感謝する?
本当に?
オレがいて、皇……嬉しいって思ってくれてるの?
「……」
とにかく早く戻って、部屋の冷蔵庫で保管しよう!
部屋のドアをそっと開けると、皇が仁王立ちで、こちらを睨んでいた。
「げっ!」
「何をしておった?」
「え……えっと……」
「渡りの意味を知らぬのか、そなたは」
「え?」
「そなたは今、余に抱かれているはずであろう?」
「はっ?」
「そんなそなたが、フラフラ出歩いては、夜伽をしていないことが、側仕えにわかってしまうぞ?」
「あ……」
そっか。全くそんなこと、考えてなかった。
「ごめん」
「何をしておった?」
「……」
いや、言えないし。
「隠しだてすると、手篭めにすると申したであろう」
「……うっ」
「ん?」
絶対言えないっ!
お前にもらったケーキのプレートを、早く自分の冷蔵庫に入れたくて取りに行っていた、とか……。
いや、まずそんなプレートを取っておいたとか、恥ずかしくて言えないっ!
「手篭めにされたいようだな」
「うわっ!」
皇はオレをヒョイとかついで、ベッドにドサリと投げ出した。
プレートが割れるだろ!バカ!
オレは箱を抱きかかえた。
「なんだ?その箱は?」
「えっ?!なっ……何でもない!」
隠そうとするオレの手をぐっと掴んで、皇はいとも簡単に箱を取りあげた。
「うわあああっ!見るなっ!」
取り返そうとするオレの背中を踏んづけて、皇が箱を開けた。
「ああああああ!」
「これは……」
「ちっ……違う!別に!そうじゃなくって!」
あたふたしているオレの背中を、皇は依然として踏みつけている。
「ちょっ……いい加減、足どかせ!」
「……」
何も言わず、ゆっくり足をどかした皇の手から、金色の箱を取り返した。
皇は表情を変えず、黙ったままベッドの上で立ち尽くしている。
え?
ケーキのプレートを取っておくとか……引いた?
ちょっとこれをとっておくとか、どうかなって、自分でも思ったけど。
とにかく早く、プレートを冷蔵庫に入れなくちゃ!溶ける!
立ち尽くしている皇はとりあえず放っておいて、オレは冷蔵庫に、金色の箱ごとチョコレートのプレートをしまった。
「……」
う……なんて言い訳しよう。
皇への言い訳を、冷蔵庫の前で考えあぐねていると、ものすごい勢いで後ろから、ぎゅうっと抱きしめられた。
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