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制御不能⑥

「ちょっ!梅ちゃん!やめて!怒ってないよ!」 「……へへ。そう言うと思ってた。ありがとう、雨花ちゃん!」 梅ちゃんはベールをちょっと上げると、にっこり笑いながら顔を上げた。 「え……」 「でもホントごめんね?もう絶対あんなこと言わせないから。側仕えの教育が出来てないなんて、兄様に怒られそう、僕」 「え?」 「あ……ううん。ホントにごめんね。あ、一位も……人前で怒鳴ったりしてごめん」 梅ちゃんは樺の一位さんにも、そう言って謝った。 「梅様!めっそうもございません!」 樺の一位さんは、また梅ちゃんに土下座した。 梅ちゃんは『これで謝りっこはおしまい』と言って、また一位さんを立たせると、オレに『またね』と言って、歩いて行ってしまった。 「私共も、そろそろ帰りましょうか?」 梅ちゃんたちが見えなくなるまで見送っていたら、いちいさんがオレの背中にポンッと手を置いた。 「あ、はい!」 「帰りは……樺の丸を通るとしましょう。近道ですから」 「はい!」 いちいさんのその言葉が、すごく嬉しかった。 もう樺の一位さんのことは、大丈夫って、ことだよね? いちいさんは帰り道中ずっと、梅ちゃんのことをベタ褒めしていた。 「梅様は、ご立派な候補様ですね。体育会系だからなのでしょうか?可愛らしい外見でいらっしゃるのに、しっかりと側仕えを率いていらっしゃって」 「オレ、しっかりしてなくて、すいません」 笑いながらそう言うと、いちいさんは『雨花様は梅様とは別の方法で、私共を掴んで放しませんので』と言って、ニッコリした。 ……照れます!いちいさん。 「オレ……奥方様になれなかったとしても、皆に良くしてもらったこと、絶対忘れません」 こんなオレを『候補』として、大切に扱ってくれる人たち。 オレが『候補』でいられるのは、梓の丸の使用人さんたち皆のおかげだ。 奥方様になれずにここを離れたとしても、皆を絶対に忘れない。 「諦めないでください」 いちいさんが、顔をしかめた。 「あ……ごめんなさい」 諦めないっていうか、オレの場合、それより前の問題だと思うんだけどね。 「恐れながら、雨花様に足りないものは、自信です」 「え?」 いつもはほんわかいちいさんが、キリリとしている。 「若様はダイヤモンドを入れて、帯飾りを作れとおっしゃいました」 「え?はい」 確かに言ってました。うん。それが? 「今まで、候補様がダイヤモンドを着けるのは、タブーとされておりました」 「え?!」 どうして? 「ダイヤモンドは若様の誕生石です。若様の誕生石を着けるなど、そんな恐れ多いことは、誰にも出来なかったのです」 「は?」 そこまで? 「しかし今回若様は、雨花様に、誕生石の使用を自らお許しくださいました。これは大変すごいことなのですよ?」 ああ、だからさっき皆がざわついて、樺の一位さんもあんなこと言ってたんだ? うわぁ、どうしよう。また顔が緩んで、仕方ない。 暑苦しいとか思ってたけど、ベールをかぶっていて、本当に良かった。 夕飯を食べてすぐ、シロを連れて外に出た。 三の丸に近づいた頃、遠くで鈴の鳴る音が聞こえてきた。 「あ……」 皇が、どこかに渡る。 オレに渡りの連絡はない。 皇は今から、オレじゃない誰かのところに、渡る。 それが、ダイヤモンドの使用を許したからって、皇がオレを特別扱いしてるわけじゃないことの証拠……だ。 またギュウっと、心臓が縮んだみたいに痛くなった。 鎧鏡家に来てから、何度もこんな風になる。 皇、どこに渡るんだろう? 胃がムカムカする。 これも、ここのところよく起こる。 オレ……皇のことムカついてるの? 「はぁ……」 何で?あいつ、ちょっとおかしいけど、いいヤツじゃん。 ホントにそう思ってるのに……。 ガックリしながら三の丸の遊歩道をしばらく歩いていると、突然シロが走り出した。 「うわっ!」 ビックリして、シロのリードを手から放してしまった。 シロが走っていく先を見ると、真っ暗な中、誰かが立っているシルエットが見えた。 「シロ!だめ!」 うわぁ、誰?母様? 母様だったらいいけど、違う人ならヤバイ! シロがあの人を襲ったらどうしよう! オレも急いで、シロを追って走った。 「え?」 追いつくとそこには、シロに顔を舐められて、喜んでいる様子の皇が立っていた。 「何してんの?」 誰かに渡っているはずじゃ……。 「そなたは余を何だと思うておる?」 「は?」 「あとで行くと言うたであろう!だのにシロの散歩になど、フラフラ出掛けおって!」 「え?そんなの聞いてな……あ」 そういえばさっき『約束の物は後で届ける』って言ってた、けど。 っていうか、あれ、今夜皇が持ってくるって意味だったの? ……わかるかぁっ!?

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