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制御不能⑦

あ。じゃあさっきの鈴の音、オレのところに渡るための? 「お前の言い方、わかりづらいんだよ!」 すごくドキドキして、そんな風に言っちゃった。 「あ?誠そなたは、生意気な候補だな」 皇はギロっと睨んだあと、オレを引き寄せて、ふわりと抱きしめた。 「っ?!」 ドキドキしてた心臓が、ぎゅうって……。 さっきより……心臓が、痛い。 「梓の丸で、そなたを待つよう言われたが……待てずに出て参った」 「え?」 口から、なんか出ちゃいそう。 ドキドキして、皇の腕から逃げたい。 なのに……逃げられない。 「約束の土産だ」 皇がオレを腕から解放すると、小さな文庫本みたいな冊子を取り出した。 「あ!」 『写真』だ!すぐに冊子を開くと、真っ青な空の下、人が四人、小さく写っている。 「ここにお館様も写ってる?」 お館様が見たくて、皇に写真をお願いしたのに、一枚目は顔が全然わからない。 母様がどれだか、かろうじてわかるくらいだ。 母様の隣に、背の高い男の人が写ってるけど……これがお館様?なのかな? 「ああ。そなた、真、お館様を知らぬのか?」 「え?知らないから、お土産に写真を頼んだんじゃん」 「そうだったのか」 一枚目の写真をめくると、二枚目の写真には、大きく母様が写っていた。その隣に……。 「えっ?!」 「ん?」 「え?庭師さんも連れて行ったの?」 「あ?」 「え?これ……この人!母様と写っている人、庭師さんだよね?三の丸の」 これ、どう見ても庭師のワンさんだ。 「あ?」 皇が写真を覗き込んだ。 うわっ……近い! 近いいっ! って……その……散々キスとかしておいて、今更照れるのも、どうかと思うけど。 「それはお館様だ」 「え?この人だよ?」 「そうだ。この方がお館様だ」 皇がワンさんらしき人を指差した。 「……あ!そっか!庭師さんで、お館様とそっくりな人がいるよね?」 「あ?そのような庭師は見たことがない」 「……」 えっと……状況が、飲み込めないっていうか。いや、飲み込みたくないっていうか。 「ああ、そなたまさか、お館様を庭師と勘違いしておったのか?」 「……」 そういうこと……なんでしょうか? 皇はぷっと吹き出した。 「そういうことか。合点がいった。そなたはお館様を知らぬと申しておったが、お館様はそなたをよく知っていらっしゃるようだったのでな。前々から奇妙に思っておった」 「なんでそれ、もっと早く言ってくれないんだよっ!」 何だよ!もう!皇のバカ! 「あああ、どうしよう、オレ」 頭を抱えて座り込むと、皇がオレのつむじをちょんと押した。 「な!」 「何を悩む?」 皇の目は、優しくオレを見ていた。 「だって!お館様を庭師だと思ってたんだよ?ずっと!」 「ああ」 「もうオレ、終わった」 あああ、もうホントに終わった、オレ。 「終わらずとも良い。お館様はそなたを知っていらして、庭師のふりをしていたのであろうからな」 「あ、そっか!」 そうだよ!もう!お館様!なんで言ってくれないの!もう! でも最初に庭師と間違えたの、オレじゃん。 あああ。 「お館様を庭師と間違えておったとは。お館様は問題なかろうが、お館様の家臣団に知れれば、そなたは何かしらの罰を受けることになるやもしれぬな」 「うえっ?!」 お館様の家臣団って、そんな怖いの?! 「案ずるな」 皇が、またオレをふわりと抱きしめた。 「そなたは余の嫁候補。お館様の家臣団であろうと、好きなようにはさせぬ」 「え?」 「そなたを好きに出来るのは……余、だけだ」 オレの顎を押さえた皇が、キスをした。 「どうした?胸が痛むのか?」 無意識に心臓を押さえたオレの顔を、皇が心配そうに覗き込んだ。 「ち、がう」 ……違わない? 胸は、痛い。 でも。 皇が心配してるようなことじゃ、ない。多分。 「ん?どう致した?」 「……」 自分でも、わかんない。 「具合が悪いのか?御台殿に診ていただくか?」 「えっ?大丈夫だよ」 「無理を致すな。そなたが倒れては、柴牧家殿に顔向け出来ぬ」 「本当に大丈夫だよ」 「真か?」 皇はオレの髪を撫でて、一度強く抱きしめると、すぐに離れた。 「今日は渡らず帰ると致そう。もとより写真を見せるために参ったゆえ。……ゆっくり寝るがよい」 オレのおでこにキスをしてシロを撫でると、皇はオレに背中を向けた。 「まっ……」 オレの手は、とっさに皇のシャツを握っていた。 「ん?」 「あ……」 なに、引き止めてんだよ。 「どうした?」 どうした?って。 そんなの、オレだって知りたい。 だって、手が勝手に……。 違う。 手だけじゃなくて、ここんとこオレの体は、何もかもが勝手に動く。 皇のシャツを握る手を、放せない……。

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