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制御不能⑧

「あれ?」 後ろから聞こえた声に驚いて、皇のシャツを放して振り向いた。そこには、薬草をいっぱい入れたカゴを持った母様が立っていた。 「あ!母様!」 うおお!母様!助かった! 「青葉!久しぶり。元気だった?」 「はい!母様も無事のお帰り、嬉しいです。あ、誕生日プレゼントの着物、ありがとうございました!」 母様とお館様からの誕生日プレゼントは、たくさんの着物だった。 っていうか、お館様……。うう。 「うん。ここのうちは何かっていうと、着物で正装しないといけないことが多いでしょう?青葉は顔が可愛いから、ちょっとシックな色を多めにしてみたんだよ。気に入ってくれた?」 「はい!」 「良かった。で?なんで千代がここに?三の丸に来るなど珍しい」 「え?珍しいんですか?」 両親が住んでるところなのに? 「千代が13歳で元服(げんぷく)を迎えて、私と王羽(わこう)は、本丸から三の丸に移ってきたんだけどね。その時、もう子供じゃないんだから、三の丸には用事がある時以外行ってはいけませんよって、大老(たいろう)に言われたんだ。だから千代は、ここにはそうそう来ないんだよ」 「そういうことではありません」 あ、ムッとしてる。 皇って、家臣のことを気にし過ぎてるとか言われるの、イヤみたいだもんね。 でもきっと、母様の言う通りなんだろうな。 オレは別に、それでもいいじゃんって思うけど。 「あ。青葉、大老のこと知ってる?」 「あ、はい。お館様の家臣さんの中で、一番偉い方ですよね?」 「そうそう。大老はほら、王羽の噂が出回った時、一番気を揉んだだろうから、千代にはすごく厳しいんだよ。千代は大老の言うことには、逆らえないんだよ、ね?」 「……」 隣の皇を見ると、いやーな顔をして、何の返事もしなかった。 「……ぷっ」 吹き出したオレをギロリと睨むと、皇は大きくため息をついた。 「雨花、ちょうど良い。御台殿に診ていただいたらどうだ?」 「え?青葉、どうかしたの?」 「え?いえ。何でもないです!」 「ならぬ。診ていただけ」 「大丈夫だってば!」 「まあまあ、大丈夫だとしても、ちょっと三の丸に寄って行ってくれないかな?」 「え?」 「お土産、買ってくるって言ったでしょう?」 「あ!ありがとうございます!」 「御台殿」 「ん?」 皇は明らかにムッとした感じで、母様を呼んだ。 え?何怒ってるの? 「候補を一人だけ、特別扱いしないでください」 「え?大丈夫だよ。みんなの前では知らんぷりしてるし」 確かに、舞の稽古の時とか、他に人がいると、母様はわざとらしいくらいによそよそしい。 「御台殿が特別に扱っていることがわかれば、雨花が狙われます」 「え?」 「そんなヘマはしませんよ。私を疑うのですか?」 母様は皇をじっと見た。 うわ。なんか……すごい威圧感! 皇はそれ以上、何も言わなかった。 「さ。行こうか、青葉」 「あ、はい。……でも」 「ん?」 皇は?行かないのかな? チラっと皇を見ると、母様が『千代も来るよね?』と言って、皇に薬草の入ったカゴを渡した。 「……」 すごいなぁ、母様って。この有無を言わさない感じ……。 皇以上だ。 「あの……母様?」 三の丸に入る時、母様を呼ぶと『ん?』とニッコリ笑いかけられた。 ……母様って、患者さんたちから大人気だろうなぁ。 「お館様は、いらっしゃいますか?」 「ああ!庭師の正体、わかっちゃった?」 母様が皇を見てそう言うと、皇は小さく何度か頷いた。 その言い方……母様もオレがお館様のこと、庭師さんと勘違いしてたの、知ってたってことだよね?うう。 「そっかぁ。黙っててごめんね?王羽(わこう)にね、庭師として接してくれる人なんて、この鎧鏡家では雨花様だけなんだから、バレるまでは言わないでってお願いされてたんだ」 「あ、いえ。オレが、お館様の顔すら知らなかったのがいけないんです」 「いいんだよ。王羽、すごく楽しそうだった。雨花様はすごく花とか木に詳しくって、話が合うんだよって言ってて」 「あ。祖母が、庭いじりが好きなもので。手伝っているうちに、オレも詳しくなってました」 「そっか。青葉ってどことなく誰かに似てるなって思ってたら、王羽に似てるのか」 「えっ?!」 なんて恐れ多いことを! 「ああ、ごめんごめん。あんなおじさんに似てるなんてイヤだよね。あ、顔がじゃないよ?雰囲気がさ」 「イヤだなんて!恐れ多いです!そんな……」 「恐れ多い?あははっ。あ、王羽は今いないんだ。何か用事?」 「用事って言うか、オレ……もう、とにかく早く、お館様に全力で土下座したいんですっ!」 母様と皇が同時に吹き出した。 ちょっと!オレはめちゃくちゃ真剣なんですけどっ!

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