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制御不能⑨

「はい、お土産」 三の丸のダイニングで母様から渡された『お土産』は、小さな箱だった。 でも、結構な重み。 まさか、また"石"? 「開けてみて」 「はい!」 ドキドキしながら箱を開けると、銀色の箱が入っていた。 「箱?」 「うん。チョコプレートの保存用に使ってもらおうかなってね」 「うぇっ?!」 チョコプレートの保存用!? なんで母様が、そのこと知ってるの?! 皇をギッと睨むと、ふいっと視線を逸らされた 何、母様に話してんだよっ!皇のバカっ! うおお!もう恥ずかしくて、消えたい。 「プレート、金の箱に入ってるんだって?多分それ、梓の二位の私物だと思うんだ」 「えっ?あれ、私物だったんですか?」 「多分ね。梓の三位からのプレゼントだと思うんだけど……。だからこっちに入れて、そっちは返してあげてくれるかな」 「あ、はい。ありがとうございます」 「ううん。私こそありがとう、青葉」 「え?」 なんで? 「良かったね、千代」 皇は母様をふっと見ると、口をきゅっと結んで『そんなことより早く診てやってください』と言って、座っていたオレの脇を後ろから抱えて、オレを立たせた。 「うわぁっ!」 「これだけ元気なら、青葉は大丈夫だと思うけど」 「あ、はい!大丈夫です」 「さっきは胸が苦しいようだったんです。とにかく診てやってください」 「胸が?どうしたの?ちょっとこっちにおいで」 「あ、いえ。大丈夫です」 だけど『おいで』って言われて断れるわけもなく……。 母様は近くに置いてあった聴診器をかけて、おもむろにオレの服をめくった。 「うわぁっ!」 「え?どうしたの?」 どうしたのって、皇がそこにいるのに服をめくられるとか! ……って。 男同士じゃん!何、照れてんだよ! 体育の時だって、普通に隣で着替えたりしてるじゃん! それなのに、何を今更恥ずかしがってんの! 母様は『ああ!』と言いながらニッコリすると、皇に『外に出ていなさい』と命令した。 ……いや。それは逆に恥ずかしいデス、母様。 「雑音は聞こえないから大丈夫。胸が痛いって、それ。千代が好きで、ドキドキするってやつじゃないの?」 母様はふふっと笑った。 「え?!」 「青葉、千代のこと好きになってくれたんだよね?」 「うえっ?!」 皇を好きに?! 「え?違う?ケーキのプレートを取ってあったって千代から聞いて、とうとう青葉が千代を好きになってくれたんだって、すごく嬉しかったんだけど。だって好きじゃなきゃ、普通、そんなことしないよね?」 母様はすっごく嬉しそうだ。 っていうか……オレが皇を好きになった?! ここんとこ、ずっと自分の体がおかしいって思ってた。 勝手にバクバクして、勝手にキシキシして、勝手に……反応したりして。 それって……皇が……好きだから? ……まさか! そんなの、ありえない! そのあとすぐ、梓の丸に帰ることにした。 皇とオレがあんまり長く帰らないと、皆が心配するだろうからって。 帰る途中で皇が『体は真、平気なのか?』って、オレの肩に手を置いた。 途端にまた、オレの心臓はドキドキし始めた。 『好きじゃなきゃそんなことしない』 そう言った母様に、そうじゃないって言えなかった。 あのチョコレートのプレートは、食べられなくて、取っておいた。 プレートの言葉が、嬉しくて。でも、冷蔵庫で保存する、とか。 自分でも、なんであんなことをしたのか、わからない。   「どうした?」 オレの顔を覗き込む皇と目が合って、心臓がドクンと、大きく動いた。 「……大丈夫」 皇が、好き? ありえないよ。 「夏バテか?」 皇はオレの手から、シロのリードを取り上げて、代わりに自分の手を握らせた。 胸が……苦しい。 皇にドキドキ? 皇に、ドキドキしてるの? そうだ! 皇のこの手が、可愛い女の子の手だったとしたら? きっとそのほうが、ドキドキするはず! 一生懸命、女の子の手を想像しようとしたのに、皇の手は大き過ぎて……。 オレの手を包んでいる皇の手を、女の子の手とは、思えなかった。 「具合が悪いのであろう?余に寄りかかっておれ」 皇がオレの手を軽く引いた。 皇が、好き? 胸が痛いのは……皇が、好きだから? ……ありえないよ。 梓の丸の玄関で、皇は急に足を止めた。 「一人で部屋に戻れるか?」 「え?」 「余は、本丸に戻る。ゆっくり眠れ」 そう言って、皇はオレにキスをして背中を向けた。 ゆらゆら揺れて見える皇が、どんどん遠くなっていった。 涙が……たまる余裕もなく、一気に溢れた。 皇が、行っちゃう。 ちょっと、そう思っただけなのに。 皇が、好き? その言葉が、頭の中をグルグル回る。

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