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トクベツ③
どうして、梅ちゃんがあんなところから?
あっち、二の丸……だよ?
今日は行っちゃいけないって、梅ちゃんは言われてなかったの?
っていうか、言われてるから『誰にも言わないで』って、ことなんだろうけど……。
だったら、なんで?
なんで二の丸のほうから来たの?
あんな風に、こっそり。
どうして?
今日は鎧鏡家の人間だけが、二の丸に入っていい日なんでしょ?
ってことは……。
梅ちゃんが、奥方様に……決まり……とか?
眠れない……。
もう、夜中の12時をまわってしまった。
「はぁ……」
何をするでもなく、ベッドに横になって、ただため息をついていた。
それに自分で気づいて、もういい加減寝ようと思った時、隣で寝ていたシロが、ピクっと動いてベッドから降りた。
「シロ?」
暑いのかな?
いや、どっちかっていうと、シロのためにって、部屋は寒めの温度設定になっている。
「どうしたの?」
シロは窓まで行くと、窓枠をカリカリと引っ掻き始めた。
っていうか、シロ大きいから、窓が壊れそう。
「え?どうしたの?」
外に行きたいのかな?
窓まで行ってカーテンを引くと、梓の丸の庭が、月明かりに照らされてよく見えた。
その庭のど真ん中に、人が、立って、る?
「え?!」
誰?とか、どうして?とか、考えるより先に、オレの体は窓から飛び出していた。
地面に足がついた時、オレの頭はようやく、それが皇だって、ハッキリ認識していた。
「窓から飛び降りるなど!怪我をしたらどう致す!」
走ってオレのところまで来た皇は、怒ったみたいにそんなことを言うのに、その腕は、オレをふわりと抱きしめた。
何してんの?こんな時間に、こんなところで。
そう聞こうと思ったのに、喉がつまって、うまく言葉が出ていかない。
「具合が悪いのは、良くなったのか?」
皇がオレの髪をそっと撫でた。
その問いに返事をしたら……終わっちゃう夢、みたいな気がする。
「寝ていなかったのか?」
耳元で話す、皇の声がくすぐったい。
これ、現実?
「どうした?」
「どうしたって……皇こそ、何してるの?」
そう言いながら、皇の背中で、行き場のない自分の手を、どうしたらいいのか、そればっかり気になっていた。
この手で、皇を掴んでしまったら……。
「余は……散歩に出て参った」
「こんなところまで?」
「……そなたの具合が、気になっておった」
なんで……そんなこと言うんだよ。
「もう、体は良いのか?」
皇が、オレの頬に手を伸ばした。
恐る恐る、行き場のなかった手を、皇の手に伸ばした。
オレの手じゃ、包みきれない、大きい手。
「どうした?」
「……」
「まだ、具合が悪いのか?」
怖くて上げられなかった視線を皇に向けると、皇の視線とぶつかった。
「っ?!」
その瞬間、皇の顔が近付いて……。
重なる皇の唇の熱さに、自分の体が、随分冷えていたのだと知った。
「そなた、体が冷えておる。」
「……」
同じことを考えてた、なんて……そんなことで、何か、嬉しく、なってる。
オレをきつく抱きしめた皇の体が、あんまりにもあったかくて……皇の背中で、また行き場のなかったオレの手が、皇のシャツを握っていた。
こんなに速く動いたら、心臓……止まっちゃいそう。
だけど。
ふっと耳に聞こえてきた皇の鼓動も、おんなじくらい、速い。
どうして?
皇も……ドキドキ、してるの?
それから……何も言わない皇の、心臓の音だけが聞こえてきて。
すごく速く鳴っている皇の心臓の音に、オレも余計……ドキドキした。
どうして皇は、ドキドキしてるの?
オレは、どうして、ドキドキするの?
皇が、好き?
ダメだよ、そんなの。
皇はどうして、ここにいるの?
オレの体を心配してって……。
どうしてこんな夜中に、こんなところまで、来るくらい……心配してくれるの?
どうしよう……。
ダメだよ、オレ。
皇の胸を、思い切り押した。
「どうした?」
「もう、寝るから」
「……そうか」
皇の顔が近付いてきて……顔をそむけた。
「おやすみ!」
そのまま、皇の顔を見られずに、走って、また窓から部屋に戻った。
オレを追いかけてきたシロが、部屋に入ってすぐ、窓を閉めた。
皇がまだ同じ場所に立っているのは、雰囲気でわかる。
でも、見られなかった。
あれ以上、皇の腕の中にいたら……。
きっと、オレ。
自分が、皇の特別な人間なんじゃないかって……錯覚、する。
そんなこと……あるわけないのに。
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