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トクベツ④
結局、ほとんど眠れなかった。
外が明るい。
でも時計を見ると、まだ5時を少し過ぎたところだった。
「はぁ……」
どうせ眠れないんだし。
シロの散歩に出掛けようかな。
シロの散歩なら、誰の許可も……いらないし。
夕べ梅ちゃんが降りてきた、二の丸に続く森の塀の脇を歩いた。
奥方様は、梅ちゃんで決まり、なの?
梅ちゃんは、可愛い。
そのくせものすごく運動神経が良くって、しかもこの前の樺の一位さんとのやり取りとか……締めるところは締めてるってやつ、だよね。
……奥方様に、うってつけじゃん。
モナコから帰ってきたら、また海に行こうって、皇、梅ちゃんに言ってたし。
候補を一人だけ特別扱いしたらいけないとか言ってるくせに、梅ちゃんのことは、わかりやすく特別扱いしてる。
初めから、部活も許してるし。
梅ちゃんと一緒に、外出しまくってるってことでしょう?
オレはちょっとした外出でも、いちいち許可をもらわないといけないのに。
梅ちゃんと一緒に出掛けてるとか、さ。
そんなの、皇がわざわざ言わなきゃ、オレ、知らないで済んだのに。
……別に、皇が梅ちゃんと出掛けてるとか知ったって、別に、何でも、ないけど……。
「はぁ……」
「どうしたの?ため息なんかついて」
「え?あ、ワンさ……って、あっ!」
ぼうっと歩いて三の丸に入ったところで、隣から声を掛けられた。
花がたくさん咲いている花壇の中、ワンさんが……って、いや、お館様が、ニッコリ笑って立ち上がった。
「うわ!あのっ!ずっと……あの!本当に、ごめんなさい!」
「あ……いや、ごめん。謝るのは私のほうだ」
お館様はオレに頭を下げた。
「ぎゃあ!やめてください!そんな!」
「ぷっ!……ぎゃあって。あははっ」
「あ、ふふっ。……あ、あの、本当に……」
「うん。許す」
「あ……」
皇に、そっくり。
「なんてね。ははっ。だから、私のことも許して?ね?雨花様」
「あ、はい!って、いや、雨花様だなんて!青葉でいいです」
「うわ。候補様を呼び捨てなんて恐れ多いね。私は怖い物知らずの誰かさんとは違うからな」
「え?」
「あ。ちょうど来た。恐れ多い人が」
お館様が指す方を見ると、母様が手を振っていた。
こんな朝早いのに、母様は相変わらずキレイでスっとしている。
「青葉!おはよう!」
「おはようございます!」
「青葉を騙してた庭師さんと、再会したの?全力で土下座した?」
「え?あ、まだです!」
そうだ!お館様に会ったら、全力で土下座したかったんだ!オレ!
「ふふっ。違うよ。全力で土下座するのは王羽 のほう。」
「えっ?!」
「ともちゃん……」
『ともちゃん』?!
「ちょっ……人前でそんな呼び方しないでください!」
ビックリしたオレを見て、赤くなった母様が、お館様の口を手で掴んでギュッとひねった。
えええっ?!
母様って……武闘派?!
「全く!で?花摘みは済んだんですか?」
「ああ。これくらいでいいかな?」
お館様は大きなカゴいっぱいに摘んだ花を、母様に見せた。
相当たくさんあるのに、母様は『それじゃ足りません』とダメ出しした。
不思議そうな顔をするオレに、母様が『今からお墓参りに持っていく花なんだ』と、教えてくれた。
確かにそれならこれじゃ、足りないかも。
皇が何代目の殿様かわからないけど、お墓も相当な数、ありそうだもんね。
オレはシロを待たせて、一緒に花摘みをさせてもらうことにした。
「そうだ。雨花様は舞の筋がいいと、先生がおっしゃっていたよ」
「え?」
お館様はそう言いながら、マリーゴールドの花を選んでいた。
え?舞の先生って、母様、ですよね?
「本当だよ」
母様を見るとニッコリしてくれた。
「新嘗祭 が楽しみだな」
「あ!新嘗祭と言えば!千代から青葉に紹介してって頼まれてた、石の加工職人さんなんだけどね。来るのがお盆明けになるんだって。それでも新嘗祭には間に合うっていうから、安心して」
「あ、はい。ありがとうございます。あの!」
「ん?」
「ダイヤモンドって……本当に、使っていいんですか?」
皇の誕生石をつけるのは、すごいことって、いちいさんが言ってた。
本当にオレが、つけてもいいの?
「もちろん!ああ、若様の誕生石は使えないとかいう噂を気にしてるの?そんな大層な事じゃないんだよ?いいから気にしないで、使ってやって」
「あ、はい」
やっぱり。
皇がオレに自分の誕生石をくれたのは、特別なことなんかじゃ、ないんだ。
わかってるよ。
オレは、皇の『特別』じゃない。
わかってる。なのに。
「青葉?!」
なに泣いてんの?オレ……。
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