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トクベツ⑤
「青葉……」
泣きながらおたおたするオレを、母様はガッと抱きしめた。
「っ!?」
「青葉」
「はい……」
「どうしたの?」
「……だい、じょ……」
「大丈夫じゃないでしょう」
母様はオレの顔を覗き込むと、顔をしかめた。
「青葉。頭は平気で嘘をつくけど、体は嘘をつけないんだよ」
「え……」
「涙が出るのは、一番わかりやすい体からのサインだよ。どうしたの?」
「……っ」
どうしたの?って……自分でも、わからない。
オレは何度も首を横に振りながら、下唇を噛んでいた。
だけど。
『体は嘘をつけない』
その母様の言葉に、何だか、すごく泣けてしまって……。
オレの体は、最近本当に、おかしいんだ。
どうして?
……わからない。
母様にしがみついてワンワン泣くのは、これで二度目だ。
あの時も今も、母様はただ抱きしめて、オレが落ち着くのを待ってくれた。
「ホント……ごめんなさい。こんな……泣くとか」
落ち着くと、猛烈に恥ずかしくなった。人前で、こんな泣くとか……。
「私はね、青葉。呼び名だけの親になったつもりじゃないんだよ?って言っても、もう親に泣きつく年じゃないか?」
母様はふふっと笑った。
「うっ……はい。恥ずかしいデス」
「恥ずかしいことじゃないよ。……千代はね。もう3歳の時から、私に泣くところを見せてはくれないんだ。だから逆に嬉しいよ。泣きたくなったら、ここにおいで」
「あ……ありがとうございます」
そこでお館様が、申し訳なさそうな感じで『もう行かないと、そろそろ皆が来るよ』と、母様の背中を押した。
「あ!ごめんなさい!」
二人はお墓参りに行くんだった。
「大丈夫。それより……青葉。自分に聞いてみるといいよ。どうして泣きたいのか、きっと教えてくれるから」
「え……」
母様は大きく手を振って『じゃあね』と言いながら、お館様と二人で、三の丸の屋敷に入っていった。
「……」
自分に聞く?って?
お盆の間は聞こえてこなかった『お渡り』を知らせる鈴の音が聞こえてきたのは、お盆明けすぐのことだった。
誰に渡るかまでは、わからない。
誰かに聞いたら、わかるかもしれないけど。
だって。そんなこと聞けないし。
だって。どうしてオレがそんなこと、気にするわけ?
……おかしいじゃん、そんなの。
皇がオレのところに渡ると知らされたのは、お盆明け五日目の昼過ぎだった。
お盆が明けた日から、もう四度、鈴の音を聞いている。
オレは、五番目。
皇の……五番目。
いつものように部屋で正座をして、皇を待った。
「若殿様のお渡りでございます」
駒様が、いつものようにそう告げた。
駒様の気持ちを考えると……苦しい。
けど。
それとは別の理由で、胸が苦しい。
駒様がこれから開けるドアの向こうに、皇がいる。
オレに、会いに……。
キィと、ドアが開かれる音がした。
オレは頭を下げたまま、皇を迎えた。
「去ね」
「はい」
駒様がドアを閉めて出て行った。
「どう致した?いつまでそうしておるつもりだ」
顔を上げないままのオレの視界に、近付いてきた皇の爪先が入った。
「雨花?」
ふわりとオレを抱きしめた皇の胸に、しがみついた。
「どう致した?」
そんなの、オレにもわかんない。
「雨花、体調が優れぬのか?」
皇にしがみついたまま、ただ首を横に振った。
「雨花……顔を見せよ」
「……やだ」
目を合わせたら、泣くかもしれない。
自分の、ゴクリと唾を飲む音が、部屋中に響いたような気がした。
「雨花」
「……」
「雨花?」
「……やだ」
皇の心臓は、またドクドク速く鳴っている。
『体は嘘をつけない』
母様の言葉が本当なら、皇のこの心臓の音は、どうして?
「……青葉」
「っ?!」
驚いて顔を上げたオレに、皇の唇が重なった。
「んぅっ……」
皇とするキスは、いつでも恥ずかしくて……消えてしまいたくなる。
いつまでも、恥ずかしいままだろうって、思ってた。
「ふっ……ん」
でも……。
『恥ずかしい』って気持ちが、今。
もっと、違う気持ちに……負けてる。
唇に差し込まれた皇の舌に……初めて、自分から、舌を絡ませた。
「はっ……」
舌を絡めながら、オレの髪を掴む皇の指を、掴んだ
皇が、会いに来てくれた。
オレに……。
オレ……嬉しい、の?
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