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生徒会始動①
9月10日 晴れ
今日は、生徒会役員選挙日です。
って言っても。
もう決まっているも同然だそうで。
信任投票はあるらしいけど、決まらないなんてことは、万に一つもないよってサクラが笑いながら教えてくれた。
そんな感じだから、夕方にはもうオレは、生徒会の会計に決まっていた。
「現会計の本多です。これからしばらくよろしく」
今の生徒会の会計である本多綾央 先輩は、どことなくつかみどころがない怪しい雰囲気を持っている人だ。
サクラの話だと、三年生の中でいつでも成績がトップなんだそうだ。
そんな人の後釜とか、めちゃくちゃプレッシャーなんだけど。
なんつうところをオレに任せちゃってくれちゃってんの!田頭のやつ!
「よろしくお願いいたします!」
思い切り下げた頭を、わしゃわしゃと撫でられた。
「っ?!」
びっくりして顔を上げると、本多先輩はニッカリ笑っていた。
その顔を見て、オレ以上に、周りにいた生徒会役員の先輩たちが驚いた。
「おおおおお!」
「え?」
なに?なに?
先輩たちが『優しい本多くんを見るのは何年ぶりだ?!』とか、『僕は一度も見たことないよ!』とか言っている。
確かに本多先輩のこと、前から何度か見たことはあったけど、笑っているところを見たのは今が初めてかもしれない。
なんか……どっかの誰かさんみたい。笑わないなんて。
これから11月の学園祭まで、引き継ぎがてら、現生徒会役員の先輩たちと一緒に動くことになると説明された。
約2ヶ月間、本多先輩と一緒に行動することになるんだ。
緊張してたけど、優しそうな先輩で良かった。
「すめ」
教室の後ろのほうで、皇を呼ぶふっきーの声がふと耳に入ってきた。
二学期開始早々に行われた席替えで、皇の前の席に、ふっきーが座ることになった。
オレはてんで離れたところだ。
そうなると皇とは学校でも、ほとんど話をしない。
あいつはいっつもふっきーと一緒にいるし。
皇の席は相変わらず窓際の一番後ろで、オレは廊下側の前から二番目だ。
そんなんだから、皇がふっと視界に入ってくるなんてことも、ほとんどなくなった。
しかも、オレの前の席が田頭になったものだから、皇とふっきーを気にしてる暇もないっていうか。
別に……気にすることもないんだけど。
なにかっていうと田頭は、オレのほうを振り返って話しかけてくるから、席替えをしてから何度先生に注意されたかわからない。
田頭め!
ふっきーが三の丸に運ばれたあの日から、皇は誰にも渡らないでいる。
あれから皇は、ずっと梓の丸に来ていない。
話もほとんどしてないし。
何だか、最初のお渡りのあとみたいだ。
あの頃皇とは、全然話もしなかったっけ。
あの頃のオレは、皇から逃げたくて仕方なかったし。
でも今は……。
最近休みや早退が多い皇が、今日も2時間目が終わると同時に、帰り支度を始めたのが、目の端に見えた。
9月は決算期ということで、相当忙しいみたいだと、あげはが言っていた。
今日も、仕事に行くのかも。
お館様とも、シロの散歩中に会うことがなくなってるし。
多分本当に、すごく大変なんだろう。
「ちょっと、トイレ」
「おう、いってら!」
田頭と話している途中で、話を切って廊下に出た。
トイレに行きたいわけじゃなかった。
田頭と話していても気になるのは、オレの視界ギリギリで帰り支度をしている、相変わらずマネキンみたいな皇、で……。
廊下に出て、トイレに向かって歩いていると、後ろを歩く足音に、胸が痛くなった。
この足音……多分、皇だ。
なんとなく、わかる。
オレ……なんで今、教室を出てきたんだろう。
何だか、変に緊張してきた。
後ろにいる皇、オレに、気付いてる、かな?
皇がオレを追い越す前に、トイレに着いた。
トイレに入っちゃえば、もうこんな、緊張することも、ないよね。
トイレのドアを開けようと手を伸ばした時、後頭部を掴まれた。
「うわっ!」
そのまま、階段まで頭を押されて、連れて行かれた。
後ろが見えないけど、オレの頭を掴んでいるのは、皇だって、わかってた。
「ちょっ……皇!」
頭を解放されて後ろを振り返ると、相変わらず無表情な皇が、オレを見ていた。
ドキドキは、もうずっと……続いてる。
「そなたがいるのは、すぐにわかる」
「え?」
「匂いでわかる」
「え?!臭い?!」
そう聞くと、鼻で笑った皇が『いや』と、言いながらオレに近づいた。
「っ!」
「香って参れば、ついそなたを……探す、香りだ」
オレの匂いを嗅ぐみたいに、首筋に唇をつけて、皇は階段を駆け下りていった。
「いってらっしゃい!」
そう声をかけると、ピタリと足を止めた皇が、にっと笑って、去って行った。
「……」
どうしたら、いい?
苦しい、よ……。
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