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生徒会始動②

✳✳✳✳✳✳✳ 生徒会の会計になってから、休み時間に教室にいることが、ほとんどなくなった。 引き継ぎが始まって早々『会計の引継ぎが一番過酷だよ』って、本多先輩がニヤリと笑った。 「うう……ホント過酷ですよ」 本多先輩から引き継がれたのは、パソコンの会計ソフトの他に、手書きの帳簿類がわんさかと、請求書と領収書の山だ。 ちょっと帳簿を見てみたけど、生徒会の会計が、こんなにお金を動かしてるなんて思ってもみなかった。 百万単位がざらに出入りしてる。 ビックリしていると、本多先輩が『うちの学校は特殊かもな』と、笑った。 「部活と生徒会の活動費は、主に親の寄付金なんだ。ああ、そう言えば、青葉たちが役員に決まった日、鎧鏡くんのうちから、多額の寄付金が生徒会に入ったんだ。役員の誰かと仲がいいのかな」 「え……」 「鎧鏡家は、今まで体育会系の部活に寄付してくれてたんだけど、今回は体育会系部への寄付金の他に、生徒会のほうにも、驚く額が入ったんだ」 本多先輩が、会計ソフトをクリックして『ほら』と、指差したところに、本当にびっくりする額の寄付金が記入されていた。 「うわっ!」 「だろ?今度の学祭、盛大に出来そうだな」 母様が、入れてくれたのかな?お館様?それとも……皇? オレが会計になってから、皇とはほとんど会話らしい会話をしていない。 9月……皇は、誰にも一度も渡らないまま、一ヶ月が過ぎていった。 「青葉!」 「あ、本多先輩」 昼休み、本多先輩が教室までオレを呼びに来た。 会計の仕事にも慣れてきた頃、こうやって、本多先輩がこの教室にオレを呼びに来るのは、いつものことになっていた。 「またイレギュラーな支払いが出たから、教えておきたいんだ」 「あ、はい。すぐ行きます!」 ふたみさんが作ってくれたお重弁当を、急いで包んで手に持つと、オレは本多先輩と一緒に廊下に出た。 神猛学院高等部敷地内の、ど真ん中最上階にある、生徒会室に向かった。 生徒会室直結のエレベーターを待っていると、すぐ隣にある階段の上の方から『あっ』という声が聞こえた。 反射的にそっちを見ると、そこに、皇の背中が見えた。 「あ」 皇の向こう側に、誰かいる。 誰かの足が、見える。 皇は、その誰かの肩を、掴ん、でる? 皇は『すまぬ』と言うと、その人をそっと離した。 「っ?!」 皇の肩越しに見えた、向こう側にいた人は、ふっきーだ。 皇に向けてにこりと笑ったふっきーが、オレに気付いて『あ!』と小さく声を上げると、『雨花ちゃん!』と、オレに笑いかけた。 「エレベーター来たよ」 「あ、はい」 本多先輩に呼び掛けられて、オレはふっきーに何のリアクションもしないまま、エレベーターに乗ってしまった。 「誰かいた?」 「あ……いえ、大丈夫です」 「そっか」 「……」 皇とふっきー、あそこで、何、してたの? 皇の顔は、見られなかった。 皇の背中が見えただけで、一緒にいるのがふっきーだってわからなかった時は、疑いもしなかったけど……。皇が肩を掴んでいた相手がふっきーだってわかったら、あの体勢って……キス?してた? オレに笑いかけたふっきーの顔が、勝ち誇っているみたいに思えてきて、何だか……すごく……苦しい。 勝ちとか、負けとかじゃ、ないけど。 皇の気持ちは、そんな、勝ち負けじゃ……。 「青葉?」 「あ……」 「どうした?」 「いえ……なん、でも……」 エレベーターの鏡に映る、情けない顔をしたオレが、泣いていた。 はっとして、涙を拭こうとした手を、本多先輩に取られた。 「っ?!」 「こすると、赤くなる」 本多先輩はハンカチを出して、オレの涙を拭いてくれた。 だけど、あとからあとから、溢れてくる。 「青葉……」 「すいませ……」 「そんな顔で泣かれると、本当に……困る」 本多先輩の手が、オレの頭をそっと撫でた。 「え……」 「泣かないでくれ」 「先輩……?」 こんな時、皇ならきっと『泣くな』って、命令するみたいに、言うだろう。 「もう、泣かないでくれ」 「すい、ません」 「……俺が、我慢出来なくなる」 「え?」 何が?と思い顔を上げると、本多先輩の顔が、近づいた。 「っ?!」 重なった本多先輩の唇は、冷たい。 オレの肩を掴んだ本多先輩の手も、冷たく感じた。 「もう、泣くな」 本多先輩が、オレを抱きしめた。 ふっきーの肩を掴んだ皇の手は、どんなだったんだろう? 皇に、最後に抱きしめられたのは、いつだっけ? ……皇の体温を、思い出せない。 「す……」 「ん?」 「……」 皇……。 「なに?」 「……」 皇。 皇。 皇は、オレを選ばない。 持っていた弁当をその場に落として、本多先輩の、シャツを掴んだ。

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