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生徒会始動④

皇を見ていられなくて視線を落とすと、ジャっ!という地面を蹴る音と共に、皇があっという間に、オレのところまで走って来た。 「うわっ!」 皇はオレを抱き抱えて、そのまますぐ近くのトイレの個室に入った。 「なっ……」 「余を動かすとは……」 そう言って、皇はオレをぎゅうっと抱きしめた。 皇、怒ってないの? 皇が、来てくれた。 怒ってないってこと? そう思ったら安心して、こうして抱きしめられるのが、すごく久しぶりだって、思い出した。 「皇……」 皇の、におい。 またオレ、泣きそうだ。 「そなたが余のもとに来るべきであろうが!」 「だって!」 怖くて、動けなかったんだもん。 「ん?」 「皇、怒ってるかと思って」 「怒っておる!」 「なんで怒るんだよ!」 「そなたは……本多先輩に懸想しておるのか?」 「……は?」 なんでそうなるの? 「何故余の手を放した?」 手を放したのは、お前のほうじゃないか。 だけど。手を放させたのは、オレ、だよね。 「……皇」 そうやって怒るのは、オレのこと、ちょっとは、好き……だから? 奥方候補には、そうしないといけないから? 「どう致した?」 怒ってるって言ったのに、そう聞いてくる皇の声は、優しかった。 もう、怒ってないの? 皇を見上げると、顎を掴まれた。 「っ!」 「そなたは、余のものだ」 心臓が、痛い。 オレは、皇のものなの? でも……お前は、オレのものじゃない。 「余のものだ」 皇の目が潤んで見える。それは、オレが泣きそうだから、そう見えるだけ? 真剣な顔でオレを見下ろしている皇の頬を、両手で包んだ。 「雨花……?」 吸い込まれるように、皇に、キスした。 「あ……」 どうしてそうしたのか、自分でも、わからない。 目を丸くしている皇を、初めて見た。 ものすごく恥ずかしくなって、顔を逸らしたオレを、皇は強く抱きしめた。 皇にすっぽり包まれて、すごく、ドキドキするのに、逆に安心もする。 皇は……オレのこと、どう思ってるんだよ。 でもそれは、聞いたらいけないこと、なんだ。 「この程度で許すのは、今回だけだ」 皇がオレの頬を撫でて、おでこにキスをした。 そのあと、またぎゅうっと抱きしめると『行かねばならぬ』と、体を離した。 「本多先輩には、気を付けよ」 「え……いい先輩だよ?」 「何かあれば、ただでは済まさぬ」 皇はまたオレの頬を撫でて、軽くつねった。 「痛っ!」 「痛むほどにはしておらぬ」 「……痛かったもん」 嘘だけど。 「気を付けよ!わかったか?」 「……ん」 とてもじゃないけど、キス、されましたなんて、言えなかった。 ただでは済まさないって、どういうこと? え?それって、オレを、ってこと? 「余は、参る」 「ん」 「……何か言うことはないのか?」 「え?……あ、いってらっしゃい?」 「行って参る」 ふっと笑った皇は、オレの頭を一撫ですると、足早に外に出て行った。 あ、あいつ、靴のまま中に入ってたんだ。 「ぷはっ!」 『行って参る』か。 柴牧の母様が『いってきます』は、行って無事に帰ってきますって意味だって、言ってた。 皇は行って参るとか言ったけど……オレのところに、帰ってくるわけじゃ、ない。 「はぁ……」 皇に久しぶりにされたキスは、おでこにちゅっとかいう、ホントにホントに軽いもので……。 あれなら、この前本多先輩にされたキスのほうがまだ、キスらしいキスだった。 「はぁ……」 っていうか、なんでオレ……皇にキスとか、しちゃってんの? 「うっ」 今頃めちゃくちゃ照れるし。 だけど、自分でしちゃったキスより、皇にされた軽いキスのほうが、思い出すと、ドキドキする。 皇は、どうしてオレにキスするんだよ。 皇に包まれた感覚が体に残ってて、また、泣きそうになってくる。 オレ……。 なんでこんなに、苦しいんだろう? 母様は、泣きたい理由は、自分に聞いてごらんって、言ってた。 オレ、どうしてこんなに苦しいの? オレ……。 「……ふぇっ」 オレは……。 「うぇっ……っ……」 皇と……。 「っ……っく……」 一緒にいたい。 いたいのに、いられない。 それが苦しくて、苦しくて仕方ないんだ。 そんなことに気付いたら、オレ……傷つくって、どっかでわかってて……。 だからずっと、ずっとずっと、そうしたい自分に知らんぷりしてて。 知らんぷりしていられたら、皇がオレじゃない誰か一人を選んでも、喜んであげられたのに。 でももう、自分の気持ちに、気づいちゃったじゃん。もう、知らんぷり出来ない。 お前がオレじゃない誰かを選ぶのを……もう、喜べない。 「っく……皇……」 ……好きだよ。

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