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生徒会始動⑤
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「雨花様、今日は早めに帰ってこられますか?」
10月に入ってますます忙しくなった生徒会の仕事は、いつもの夕飯の時間に間に合わないくらい、放課後遅くまでかかる日が多くなった。
11月の学祭に向けて、とにかくやることがたくさんある。
梓の丸に着いてご飯を食べて、シロの散歩に行って、舞の稽古をして宿題をすると、夜中の12時をまわってしまう日が、ここのところずっと続いている。
でも……つらいとか、思ったことはなかった。
すごく、充実してる。
「あ、何か用事ですか?」
後ろに立っているいちいさんを振り返ると、朝食を食べるオレを見て、いつものようにほんわかほほえんでいた。
「今日は最終衣装合わせです」
「え?ついこの前、衣装合わせしましたよ?」
一週間前、新嘗祭で着る衣装の、衣装合わせをしたばかりだ。
例の帯飾りが出来上がってきたってことで。
あの帯飾りに合わせて、着物と袴と帯を、とおみさんがコーディネートしてくれた。
とおみさんって、洋服だけじゃなくて、着物のコーディネートまで出来るんだ!って、尊敬した。
「今日が最後の衣装確認です。そのあと、本番の衣装で、舞の最終チェックを御台様がしてくださいます」
「あ、はい」
「私共も怠り無く、行事参加の準備を進めております。雨花様は何の心配もなさらず、サクヤヒメ様に舞を奉納することだけを、お考えください」
「はい!ありがとうございます」
「生徒会のほうも忙しそうだけど、体調は大丈夫?」
舞の最終稽古を始めるため、側仕えさんたちがいなくなった時、母様がそう聞いてくれた。
母様との交換日記は未だに続いていて、最近は生徒会のことばっかり書いていた。
だから母様はそう聞いてくれたんだと思う。
「あ。あの日記、本当は皇のことを教えてって言われてるのに、オレのことばっかり書いててごめんなさい」
「あ、言われてみればそうだったね。あははっ……忘れてた。でも千代の話なんてそうそうないでしょう?今、あんまり学校行っていないだろうしね」
「あ……仕事、すごく忙しいんですか?」
「決算のまとめ時期だからね。王羽もあんまり家に帰って来ないよ」
「あ、あの」
「ん?」
「新嘗祭も忙しくて、皇が出席しないとか……ありますか?」
「え?いや、それはないと思うけど」
「あ」
あ。めちゃくちゃ喜んだ顔しちゃった。
「ふふっ、大丈夫だよ。候補様の行事デビューに、千代が出席しないなんてありえないから」
「え?」
「ほら、最後に練り歩きがあるから」
「えっ?!」
ねりあるき?!
……って、何ですか?それ?
「あれ?聞いてない?あれ……言っちゃいけなかったかな?」
「え?」
「梓の丸の側仕えは、青葉を驚かすのが好きみたいだからね。内緒だったかな?」
「え?」
「大丈夫。何の心配もいらないよ。のんびり見えて、梓の一位はやり手だから」
「あの!母様?ねりあるきって、何ですか?」
「うーん」
母様は少し考えると『一位には知らないふりをしておいてね。いやでも、本丸から梓の丸まで、皆で歩くってだけなんだけど』と、笑った。
……絶対、その説明、大幅にカットされてる気がする。
「舞はもう大丈夫だね。動きは仕上がってる。あとは、サクヤヒメ様に、日頃の感謝を込めて舞ってくれたら、もう完璧!」
「はい!」
「……青葉」
「はい?」
「当日、体調が悪いとか、少しでもおかしいと思ったらすぐ言って」
「え?」
母様は口をきゅっと結んで『心配だな』と言った。
「え?」
オレの舞が、心配なのかな?
「今まで半年も表に出てこなかった"雨花様"が出てくるってことで、新嘗祭には家臣たちがすごく集まると思うんだ」
「え?はい?」
「人の気ってね、すごく……厄介だったりするんだよ」
「気?」
「そう。そうでなくても青葉は、千代が変則的に候補にしちゃった、とかで、変な噂がたってるし……」
「え?」
「人の気に当たって体調を崩すことって、結構あるんだ。青葉は、余計心配で……」
母様がオレの手をきゅっと握った。
気に当たる?なにそれ?
でも、母様の顔は真剣だ。
「母様……」
「ああ、ごめんごめん。とにかく、何かおかしいなって思ったら、とりあえず……笑っておくといいかも」
「え?」
とりあえず笑う?
「青葉の笑顔は格別だからね」
そう言って母様が笑うので、オレもつられて笑ってしまった。
「ほら、格別」
『そうやって笑っていれば、気も跳ね返すだろうし大丈夫。千代もいるしね』と言って、母様はオレを抱きしめると『舞は完璧だから自信持って!』と、またオレの手を握った。
「はい!頑張ります!」
ここまできたら、何があろうとやるだけだ!
オレの行事デビュー、新嘗祭は、明後日……。
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