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デビュー②
母様に手を取られて、舞台袖に引っ込むと、後ろから歩いてきた駒様に『お急ぎください』と、背中を押された。
押されるまま、本丸の奥まで入って行くと、化粧直しをされて、駒様が着物の着崩れを直してくれた。
「側仕えたちの準備も整っております」
駒様がそう言って目の前の襖をスラッと開けると、お揃いの黒い袴姿の集団が、こちらに向けて座礼していた。
「えっ……」
うちの……使用人さん、たち?
皆、いつの間に着替えたの?!
すごい……かっこいい!何?何?
一番前で頭を下げていたいちいさんが、顔を上げてにっこり微笑んだ。
「いちいさん?……みんなも、どうして……」
そう声を掛けると、みんな一斉に顔を上げた。
"側仕え"の位がある十人だけじゃない。何十人も……みんな、見慣れた梓の丸の使用人さんたちだ。
「本日は、雨花様の、候補様としての初めてのお披露目でございます。私共も、出来うる限りの花を、添えさせていただきたく存じます」
そう言っていちいさんが、泣きそうに笑った。
「いちいさん……」
「さぁ、雨花様。胸を張って、私共の前を、堂々と歩いて行ってください。私共はどこまでも、雨花様について参ります」
「……いちいさん」
「あ!雨花様!泣くのは屋敷に着いてからにしてください!メイクが崩れますので」
オレのヘアメイクをしてくれる、いつもクールな七位 さんの言葉に、皆が一斉に笑った。
「はい。そんな、泣きませんよ」
「さぁ、雨花様、参りましょう」
「はいっ!」
駒様の後ろについて本丸の玄関に向かうと、そこに母様が待っていてくれた。
「千代、練り歩きには間に合うかと思ってたんだけど……ごめんね」
「あ……いえ。あの。これからオレ、どうしたらいいんですか?」
「あ、はい。お手をどうぞ」
母様が手を出したので、自分の手を母様の手に乗せた。
「雨花様は、御台所である私が、責任を持ってお送りします」
オレの手を強く握った母様がそう言うと、駒様が『かしこまりました』と、頭を下げた。
「さぁ、参りましょう」
駒様が玄関の扉を開けると、たくさんの家臣さんたちがこちらを見ていた。
「笑って」
「あ……はい!」
オレ……これで家臣さんたちから、候補として認められたって、こと?
母様はオレの手を引いて、一歩進むと止まって、一歩進むと止まってを繰り返した。
ええっ?こんな感じで梓の丸まで行くの?!
一体いつ着くんだろう?
この練り歩きは、候補のお披露目ってことだったから、こんな感じ、なのかな?
ゆっくり歩いているおかげで、脇に立っている人たちの声がよく聞こえてくる。
『キレイ』とか『かわいい』という言葉と一緒に『すごい』とか『側仕えが』という声も聞こえてくる。
側仕えが?何だろう?と思っていると、まっすぐ前を向いたままの母様が『この練り歩きは歴史に残りそうだ』と言って、ニッコリ笑った。
「え?」
「前を見て笑ってて」
「あ……はい」
「梓の丸は、側仕えも下働きも、綺麗どころが集まってるからね。皆のため息、聞こえる?」
「あ……」
家臣さんたち、うちの側仕えさんたちのことを、すごいって言ってくれてるんだ!
うわあ。
何だか、すごく誇らしい気持ち!
「側仕えたちの衣装、柴牧家殿が揃えてくださったんだって?」
「えっ?!」
父上が?
「あ、前を見て笑っててね」
「あ……」
「それも知らなかった?本当に梓の丸の皆は、青葉を驚かせたがりのようだ」
「……」
もう、泣きそう……。
いやいや、泣いたらダメだ!ななみさんに言われたばかりなのに。
「……あれ?」
「あ……」
朝から曇っていた空から、ポツポツと雨が落ちてきた。
皇のことは考えないようにしていたのに……。
雨なんか降るから、思い出しちゃったじゃん。
皇が、唯一『好き』って言ってた、雨。
今、皇のいるところも、降ってる?また、ニヤニヤしてるの、かな。
「……」
皇……。
今、ここに、いて欲しかった。
オレの舞を見て、嬉しそうな顔で、出迎えて欲しかった。
胸元に入っている帯飾りが、チクチクして、痛い。
……泣いちゃ、ダメだ!
雨が、本格的に降ってきた。
「急ごうか?」
「……はい」
オレがゆっくり歩いていたら、母様も側仕えさんたちも、周りの家臣さんたちだって、雨に濡れてしまう。
母様がぎゅっとオレの手を強く握った時、後ろがザワザワと騒がしくなった。
なんだろう?
何があったの?
でも、前を見ていなくっちゃ。
「あ」
母様が、そう小さい声を漏らした時、オレの上の、雨が止んだ。
「え……」
「お世話をかけました、御台殿」
そう言いながら、後ろからすっと出てきたのは、出逢った時そのままみたいな、番傘をさした、皇だった。
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